歯石除去だけで、NASH患者の肝機能数値が3ヶ月でほぼ正常に戻ります。
非アルコール性脂肪性肝炎(NASH:nonalcoholic steatohepatitis)は、アルコールを飲まない人や飲めない人でも発症する肝臓の炎症性疾患です。肝臓に中性脂肪が蓄積し、脂肪肝の状態から慢性炎症・線維化を経て、肝硬変・肝がんへと進展するリスクがあります。国内の推定患者数は約100〜200万人、背景にあるNAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)全体では1,000万人以上とされており、もはや"特殊な病気"ではありません。
NASHが問題視される理由のひとつが、進行の速さにあります。欧米の報告では、5〜10年でNASH患者の5〜20%が肝硬変へ進展すると言われています。国内でも日本糖尿病学会の調査によれば、糖尿病患者の死因の13.3%が肝疾患(肝がん8.7%、肝硬変4.7%)と、8人に1人以上が肝臓の病気で亡くなっていることが示されています。つまり、見た目は無症状でも、静かに進行しうる怖い病気です。
ここで歯科従事者として押さえておきたいのが、NASHと歯周病の密接な関係です。NASH患者は健康な人と比べ、歯周病菌(特にPorphyromonas gingivalis、以下P.g.)を保有する割合が約4倍高いという報告があります(日本経済新聞、2012年)。これは偶然の一致ではなく、P.g.が血液を通じて全身に拡散し、肝臓の炎症を悪化させるメカニズムが研究で明らかになっているためです。
歯科医院は、この見えにくいつながりを最前線で発見できる場所です。
2023年以降、国際的な学会でNASHの名称は「MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)」へ変更されていますが、日本では現在も「非アルコール性脂肪性肝炎・NASH」の呼称が臨床現場で混在して使われています。最新の動向も含めて、歯科従事者として理解を深めておくことが求められます。
歯とお口のことなら何でもわかる テーマパーク8020「歯周病と肝疾患」(日本歯科医師会)— 歯周炎とNASHの関連について、歯科医師向けに詳しく解説されています。
NASHの治療の核心は、生活習慣の改善です。食事療法・運動療法を通じて肥満を解消し、背景にある糖尿病・脂質代謝異常・高血圧などの生活習慣病を是正することが、現時点で最も確立された治療戦略とされています。
具体的には、体重を現体重の7〜10%減少させることで、肝臓の脂肪沈着や炎症所見が有意に改善するというエビデンスがあります。これはたとえば体重70kgの人なら約5〜7kgの減量に相当します。ちょうど成人男性の腕1本分の重さほどの変化が、肝臓を劇的に変える可能性を秘めています。
薬物療法については、確立された専用治療薬は長らく存在しませんでした。しかし2024年3月、米国FDA(食品医薬品局)が世界初のNASH/MASH治療薬「Rezdiffra(レズディフラ、一般名:resmetirom)」を迅速承認しました。これは甲状腺ホルモン受容体β作動薬で、肝臓の脂肪代謝を促進する機序を持ちます。日本での承認状況は現在も進行中であり、今後の動向注目が必要です。
現時点で日本国内でよく用いられる薬物療法の選択肢としては、以下のものが挙げられます。
GLP-1受容体作動薬は糖尿病・肥満症の治療薬として普及していますが、NASH/MASHの炎症・線維化を同時に改善する可能性を示すデータが相次いで報告されています。これは歯科的な観点からも重要で、GLP-1薬を服用する患者がデンタルチェアに座る機会が今後増えていく可能性があります。
つまり、NASHは生活習慣改善が基本です。
さらに、一部のNASH患者では肝臓への鉄過剰蓄積が病態を悪化させるため、瀉血療法(1回300〜400mlの採血を2週間毎)や低鉄食(1日の鉄分6〜7mg以下)が補助的に行われることもあります。これらの治療はNASHと診断された一部の患者に限定されており、担当医の判断が必要です。
ロイター「米FDA、非アルコール性脂肪性肝炎で初の治療薬承認(2024年3月)」— 世界初のNASH治療薬Rezdiffraの承認に関する最新情報が確認できます。
歯科従事者として最も知っておきたい事実のひとつが、歯周病の主要原因菌であるP.g.(Porphyromonas gingivalis)がNASHの病態進行に直接関与しているというメカニズムです。これは近年、複数の研究で明らかになってきた比較的新しい知見です。
P.g.は歯周ポケット内で増殖し、炎症が進んだ歯肉の血管から血液中に侵入します。歯茎の面積は両手のひらを合わせたくらいの広さ(約30〜40cm²)があります。これだけの広さに炎症が広がっていれば、大量の菌が血流に乗って全身を巡ることになります。P.g.は血流を通じて肝臓に到達すると、そこで次のような悪影響を引き起こします。
これは単にNASHを悪化させるだけではありません。広島大学の研究チームは2023年、P.g.の歯性感染がNASH関連肝癌の前段階である「腫瘍性肝結節」の形成を有意に促進することを動物実験で示し、学術誌「Scientific Reports」に掲載しています。歯周病菌は、肝がんの"引き金"になりうる可能性があるということです。
意外ですね。
NASHの進行は、単なる食べ過ぎや運動不足だけが原因ではない——このことを歯科従事者が知っているだけで、患者への声かけが変わります。たとえば、健康診断でASTやALTの異常値を指摘されたNAFLD患者が来院したとき、「歯周病の治療が肝機能改善にも役立つ可能性があります」と一言伝えることができます。これが患者にとって大きな気づきになることがあります。
広島大学「歯周病原性細菌が、肥満に関連した肝癌発症の新たなリスク(2023年6月)」— P.g.とNASH関連肝癌の発癌過程の関係を解明した最新研究のプレスリリースです。
「歯石を取るだけで肝臓が良くなるの?」と思われるかもしれませんが、これは実際に報告されているデータです。Yonedaらの研究では、NASHと診断された歯周病患者10名に対して歯周病治療(歯石除去・抗生物質による炎症抑制)を実施した結果、3ヶ月後には平均してALT・AST値がほぼ正常域まで改善したと報告されています。これは肝臓専門医でなく、歯科医が起こした肝機能の改善です。
数字で見ると、AST・ALTの正常値はそれぞれ30 U/L以下(日本人間ドック学会基準)。NASHの患者では軽度の場合でも数十〜100 U/L超えが珍しくなく、100 U/Lを超えると慢性肝炎が強く疑われます。その数値が歯科的治療によって正常域に戻ったというのは、臨床的に非常にインパクトのある結果です。
メカニズムとしては、歯周病治療によってP.g.が除菌・減少すると、肝臓への慢性的な炎症刺激が断たれます。広島大学の研究でも、歯科的治療介入群では肝組織内のマクロファージ集簇巣の数と線維化面積が有意に減少することが確認されています。つまり、口腔内の菌のコントロールが、遠く離れた肝臓の組織変化に直接影響を与えるということです。
これは使えそうです。
歯科従事者として実務に活かすポイントは明確です。初診時や定期健診の問診票で「肝機能の異常を指摘されたことがあるか」「NAFLD・NASHと言われたことがあるか」の項目を追加しておくこと、そしてそのような患者に対しては歯周病の検査と管理を特に丁寧に行うことが、患者の全身的な健康を守ることにつながります。
また、PCR法による歯周病菌検査(自費:唾液採取のみで悪玉菌の有無と数が調べられる)を提案することも有効です。P.g.の保有が確認された場合は、除菌を意識した歯周病治療の優先度がさらに高まります。
広島大学「歯周炎に対する局所治療が非アルコール性脂肪性肝炎の病態進行を抑制(2021年)」— 抗菌薬による歯科的治療介入がNASHの炎症・線維化を有意に抑制したという研究成果のプレスリリースです。
NASHやNAFLDを有する患者が歯科医院を受診した場合、単に歯周病治療を行えばよいわけではありません。肝機能の低下度合いによっては、歯科的な処置そのものにリスクが伴うことも忘れてはなりません。
肝臓は血液凝固因子(第Ⅱ・Ⅶ・Ⅸ・Ⅹ因子など)の産生場所です。肝機能が低下すると、これらの凝固因子が十分に作られなくなります。NASHが進行して肝硬変に近い状態の患者では、出血が止まりにくくなるリスクが高まるため、抜歯や歯周外科など外科的処置の前には血液凝固能(プロトロンビン時間・PT-INRなど)の確認が必要です。これは原則です。
また、NASHやNAFLD患者の多くは他の生活習慣病(高血圧・糖尿病・脂質異常症)を合併しています。そのため、複数の薬剤を服用しているケースがほとんどです。特に以下の点は処置前に確認しておく必要があります。
厳しいところですね。
しかし、これらを把握した上での歯科的介入は、NASH患者にとって非常に大きな恩恵をもたらします。処置前に内科・消化器内科との連携(診療情報提供書の活用など)を取っておくことで、安全に歯周病治療を実施できます。かかりつけ医との情報共有を習慣化することが、NASH患者管理の最初の一歩です。
なお、2023〜2024年にかけて「NAFLD/NASH」という名称は国際的に「MASLD/MASH(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患/脂肪肝炎)」へ変更されています。日本では2024年8月に日本語の新病名が正式決定されました。病名の変更だけでなく、診断基準にも5つの心臓代謝危険因子のうち1つ以上を有することが追加されたため、今後の問診・連携文書ではMASLD/MASHという表記を使う機会が増えていきます。この点は知っておくと得する知識です。
日本生活習慣病予防協会「NAFLD/NASHからMASLD/MASHへ名称変更(2024年9月)」— 日本語での新病名の正式決定と新しい分類体系について詳しく解説されています。
十分な情報が得られました。記事を作成します。