あなたが患者に「薬の副作用で歯が増殖する」と説明しても、3割以上はプラークコントロール不足で悪化させてしまいます。
フェニトインは1世紀以上前から用いられてきた抗てんかん薬です。長期服用した患者のうち約50%に歯肉増殖が生じることが報告されています。この高い発症率は、他のあらゆる薬剤と比較しても最も顕著です。
フェニトインが歯肉増殖を引き起こすメカニズムは、歯肉の線維芽細胞に直接作用することにあります。線維芽細胞が異常に活性化されると、コラーゲンの合成が著しく促進されます。その結果、歯肉の上皮下結合組織が線維性に肥厚していくのです。
つまり、通常の歯肉炎の腫脹ではなく、組織自体が増生していく病態ということですね。
フェニトインはてんかんの治療において代替薬がないことも多いため、患者が服用を中止することは難しい場合があります。商品名ではアレビアチン、ヒダントール、ジフェニルヒダントインなどの名称で知られています。その他カルバマゼピンなど別の抗てんかん薬も同様の副作用を持ちます。
日本大学歯学部口腔病理学アトラス:フェニトイン性歯肉増殖症の病理組織学的詳細
高血圧治療薬のカルシウム拮抗薬による歯肉増殖は、診療現場で最も頻繁に遭遇する薬物性歯肉増殖です。理由は高血圧患者が極めて多く、降圧治療の第一選択薬として広く使用されているからです。
全体的な発症率は10~20%とされていますが、薬剤によって大きな差があります。ニフェジピン(アダラート)は発症率が最も高く、15~20%の患者で歯肉増殖が見られます。一方、アムロジピン(アムロジン、ノルバスク)は最も発症率が低く、わずか1.7~5%程度に留まるのが特徴です。
ニフェジピンとアムロジピンはともにジヒドロピリジン系に属していながら、なぜこれほどまで発症率が異なるのか。これは、ニフェジピンが細動脈血管系に対して特に強いカルシウム拮抗作用を示すためです。
その結果、動脈系の血管拡張は顕著になりますが、同時に静脈系の拡張が並行しません。この動脈・静脈系のアンバランスにより、組織にうっ血が生じやすくなるのです。うっ血した部位に既存の歯肉炎があると、炎症がさらに増悪し、線維化が二次的に促進されるという悪循環に陥ります。
これが実は知られていないポイントです。薬剤の種類を変更するだけで発症リスクを大幅に低下させられるのですね。
ベラパミル(ワソラン)、ジルチアゼム(ヘルベッサー)、ニカルジピン(ペルジピン)など他のカルシウム拮抗薬についても、程度の差はあれど歯肉増殖が報告されています。
シクロスポリンA(通常名はサンディミュン)は、臓器移植時の拒絶反応を防ぐために用いられる免疫抑制剤です。発症率は25~30%で、フェニトインほどではありませんが、やはり相当な頻度で歯肉増殖が引き起こされます。
シクロスポリンが歯肉増殖を起こすメカニズムは、他の薬剤とやや異なります。免疫系の抑制によって、歯肉組織の炎症反応が変化していくのです。その過程で、線維組織の過剰な増殖が促進されると考えられています。
臓器移植患者は一生涯この薬を服用し続ける必要があります。つまり、歯肉増殖のリスクも生涯にわたって続くということになります。これらの患者さんに対しては、より一層綿密な口腔管理が必要不可欠なのです。
シクロスポリンによる歯肉増殖は、フェニトインやカルシウム拮抗薬よりも線維化が著しい傾向があります。薬の中止や変更が基本的には不可能という点で、臨床上の対応がさらに困難になります。
ここが最も重要です。歯肉増殖を起こす薬を服用している全ての患者が歯肉増殖になるわけではありません。遺伝的体質や特に口腔内の清掃状態が極めて大きな影響を及ぼします。
フェニトイン服用者でも、プラークコントロールが良好であれば歯肉増殖は抑えられることが多いという報告があります。つまり、薬の副作用+歯垢の刺激という「複合要因」があってはじめて発症するということですね。
これは患者教育において極めて重要な情報です。単に「薬が悪い」という説明では、患者のモチベーションが低下します。むしろ「毎日の歯磨きで予防できる」というメッセージが患者の行動を変えるのです。
実際の臨床現場では、服用後3~4ヶ月から歯肉肥大が起こり始めることが一般的です。この期間に患者に対して徹底的なブラッシング指導を行えば、その後の発症を大幅に抑制することができます。
デンタルフロスを毎日使用することで、歯と歯の間のプラーク除去率が約1.5倍になります。この情報だけで患者の自己管理レベルが大きく向上する傾向があります。
一度歯肉増殖が明らかになった場合、治療選択肢は3段階に分かれます。
第一段階は薬剤の見直しです。
特にカルシウム拮抗薬服用患者では、医師と相談のうえ、発症率がより低い薬剤への変更が可能な場合があります。ニフェジピンからアムロジピンへの変更で発症率を10分の1に低下させられるケースもあります。
しかし抗てんかん薬やシクロスポリンは変更ができないことが多いため、第二段階として徹底的なプラークコントロールに進みます。月1回の定期的な歯科専門的機械的プラークコントロール(PMTC)を3~4ヶ月継続することで、多くの場合増殖の進行が停止します。
その上でなお改善しない場合、第三段階として外科処置を検討します。最近ではレーザーを用いた歯肉切除術が主流になっています。Nd:YAGレーザーを用いると、メスを使わずに歯肉を切開できる利点があります。同時に止血作用も得られるため、出血や痛みが大幅に軽減されます。
増殖部分のみを選択的に焼き切る形式となり、収縮効果も期待できます。従来のメスを使った歯肉切除術と比較して、治癒期間が短く、患者の生活への支障も少なくなります。外科処置後も、プラークコントロール不良に陥れば再発のリスクがあるという点を患者に十分説明する必要があります。
参考リンク。
タニダ歯科医院:薬物性歯肉増殖症と歯周基本治療の実際
最終的な驚きの一文:
「あなたの患者がカルシウム拮抗薬を飲んでいて歯肉腫脹を訴えた時、80%は薬物性増殖が原因です。」
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