第一鰓弓症候群とは 歯科診療の診断と治療法

歯科医が診療で対応する第一鰓弓症候群について、症状の診断から治療方法までを解説します。この先天性疾患の顎骨低形成や咬合異常に対して、早期診断と他科連携がなぜ重要なのでしょうか?

第一鰓弓症候群とは 診断と治療

第一鰓弓症候群の臨床ポイント
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発症頻度と診断のカギ

出生3,500~5,000人に1人の頻度で発症。約80%が片側性で、新生児期からの早期診断が治療成績を左右します。

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保険診療の適用範囲

歯科矯正治療は原則保険適用。指定医療機関での治療なら患者負担を大幅に軽減できます。

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多科連携の重要性

形成外科、矯正歯科、耳鼻科の連携による長期的な治療計画が、患者の予後を大きく改善します。


第一鰓弓症候群の定義と胎生学的背景

妊娠4週初期に胎児に出現する鰓弓(さいきゅう)という組織は、本来ならば第1から第6番まで存在し、その中でも第1と第2鰓弓から下顎骨、耳介、咀嚼筋、顔面表情筋といった重要な頭蓋顔面構造が形成されていきます。第一第二鰓弓症候群(別名:Hemifacial Microsomia、ヘミフェイシャルマイクロソミア)とは、この発生段階で何らかの異常が発生し、これらの骨・筋肉組織に発育障害が生じる先天性疾患です。


つまり片側の顔面低形成という意味を持っています。


この疾患の発生原因はいまだ完全には解明されていませんが、約80%が片側性に発症するため、患者の顔貌に明らかな非対称性が生じることが診断上の重要な特徴となります。遺伝的関連性は一般的に認められておらず、男女差も存在しないとされています。その一方で、発症頻度は出生3,500~5,000人に1人といわれており、唇顎口蓋裂に次ぐ頻度の顔面先天異常です。


第一鰓弓症候群の臨床症状と歯科診断

患者さんが歯科を受診する際に認められる臨床症状は多岐にわたります。最も顕著なのは下顎骨の片側性低形成で、かみ合わせが左右非対称になることです。これに伴い、顔の輪郭そのものが歪み、患者自身が気づきやすい外観上の問題となります。


下顎骨以外にも、上顎骨や頬骨などの顔面骨全体に成長障害が及ぶ場合があり、成長に伴って非対称性がさらに目立つようになるのが一般的です。Pruzansky-Koban分類(プルザンスキー分類)という国際的な分類法があり、下顎から顎関節にかけての成長障害の程度によってタイプIA、IIA、IIB、IIIの4段階に分類されています。この分類に従った診断が治療方針の決定に直結するため、歯科医が正確な診断を行う必要があります。


咬合の問題も深刻です。下顎の低形成により、前歯や奥歯のかみ合わせがずれ、深い咬み込み(過深咬合)や反対咬合(受け口)を呈することが多くあります。これが原因となって、患者は食事機能の低下や発音困難を経験することになり、日常生活の質に直接影響を与えます。


耳介変形も頻繁に認められ、小耳症(じゃくじしょう)と呼ばれる耳の発育不全が約80%の患者で見られます。この場合、聴力障害が伴うことがあり、補聴器使用の検討も必要となるため、耳鼻科との連携が不可欠です。さらに巨口症という口角が異常に広がった状態や、顔面神経麻痺による片側の表情筋麻痺も併発することがあります。


第一鰓弓症候群における歯科矯正治療の保険適用と実際

歯科医にとって朗報は、第一第二鰓弓症候群に対する矯正治療が原則として健康保険の適用対象となることです。これは「厚生労働大臣が定める先天性疾患」に含まれているためで、指定された矯正歯科医療機関での治療ならば、患者は健康保険診療として治療を受けることができます。


ただし保険適用には条件があります。治療を行う医療機関が厚生労働大臣指定の「育成医療」「更生医療」対象施設であることが必須です。つまり、全ての矯正歯科クリニックで保険診療が可能なわけではなく、施設基準を満たしている医療機関に患者を紹介することが重要になります。


治療期間は症状の重症度と患者の成長段階によって大きく異なります。一般的な矯正治療では月1回の通院で2~3年間の治療期間を要しますが、第一鰓弓症候群の場合はより長期間の治療が必要になることが多いです。これは単なる歯列矯正ではなく、顎骨の成長を管理しながら、場合によっては外科手術と組み合わせた治療が必要だからです。


就学後から矯正治療を開始するのが一般的ですが、それ以前に形成外科による巨口症の閉鎖手術や副耳の切除などが行われていることがほとんどです。歯科医は患者の過去の外科治療歴を正確に把握し、それに基づいた矯正計画を立案する責任があります。


第一鰓弓症候群の段階的治療と歯科の役割

第一第二鰓弓症候群の治療は出生直後から成人期まで、およそ20年間にわたる長期的で複雑なプロセスです。生まれつきの疾患であるため、成長段階に応じた治療タイミングが極めて重要になります。


生後1歳頃には形成外科により巨口症の形成手術が行われます。口が横に裂けたように見える状態を改善し、口輪筋を再建する手術で、全身麻酔下で約1時間の手術を要します。この段階では歯科的介入の主な役割はまだ限定的ですが、その後の治療計画に関する情報収集が重要です。


10歳前後になると、複数の外科的・歯科的介入が行われるようになります。小耳症がある場合は、自身の肋軟骨を採取して耳介を再建する手術(耳介形成術)が行われ、さらに6ヵ月後に耳おこし手術(耳介挙上術)が追加で実施されます。並行して、下顎骨の低形成に対する骨延長術や、上下顎骨の位置ずれに対する骨切り術の検討が始まります。つまり10歳前後が矯正歯科医にとって治療開始の時期であることが多いのです。


矯正治療は形成外科の外科手術と密接に連携して進められます。15歳ぐらいまでの顔面成長期間では、必要に応じて下顎骨延長術が行われ、その後の歯科矯正でかみ合わせを調整するというアプローチが取られることが一般的です。


16歳以降になると、顔面骨の成長がほぼ終了に近づくため、上下顎骨切り矯正術(顎離断術)による本格的な骨格的改善が検討されます。矯正歯科医はこの段階で十分な術前矯正を行い、外科手術と歯科矯正の協力体制を構築することが不可欠です。


歯科臨床における診断精度の向上と多科連携の現実

歯科医が第一鰓弓症候群の患者を診療する際、最初に遭遇する課題は正確な診断です。初診時には単なる「咬合異常」や「顔面非対称」として認識されることもあります。しかし詳細な問診と臨床検査を通じて、この疾患特有の症状体系を認識することが重要です。


診断のポイントとなるのは、顔面非対称が片側性であることと、その非対称性が単なる歯列不正ではなく下顎骨そのものの成長障害に基づいていることを見極めることです。パノラマX線撮影により下顎骨の形態異常が明確に見えることが多く、必要に応じて3次元CT撮影で詳細を把握します。


つまり「かみ合わせが悪い」という患者の訴えが、実は複雑な骨格異常の表れであることを認識する能力が、歯科医に求められるのです。


診断後の患者管理では、多科連携が現実的な要求になります。形成外科との協力により外科治療のタイミングと内容を把握し、耳鼻科との連携で聴力管理をサポートし、必要があれば言語聴覚士による発音指導の情報をやり取りすることが臨床成績の向上につながります。


患者が複数の医療機関を受診している場合が多いため、医科と歯科の間での情報共有が大きな課題になります。診療情報提供書の取得と送付が、治療の質を大きく左右する実態があります。


日本形成外科学会による第一第二鰓弓症候群の定義・症状・治療段階についての詳細(日本形成外科学会公式サイト)


慶應義塾大学病院による顎顔面変形の診療内容と矯正治療に関する情報(KOMPAS医療情報サイト)


厚生労働省による先天性疾患に対する矯正歯科治療の保険適用基準(公式文書)


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