保険適用で作ったマウスピースを半年以内に作り直すと、全額自費になって1万5,000円以上の出費になります。
顎関節症の治療においてもっともよく使われる方法が、スプリント(マウスピース)を使ったスプリント療法です。多くの歯科医従事者が「保険で安く作れる」と説明しているかと思いますが、実際にどの診療行為にいくらかかるのかを正確に把握している方は意外と少ないものです。
保険診療でのスプリント費用は、「口腔内装置」として算定されます。スプリントの形態によって点数が異なり、大まかに以下のように分類されます。
| 分類 | 点数 | 顎関節症への使用 | 3割負担の目安 |
|---|---|---|---|
| 口腔内装置1(アクリリックレジン製・上下一体型) | 1,500点 | ❌ 原則不可 | 約4,500円 |
| 口腔内装置2(バイトあり・対合形態付与) | 800点 | ✅ 可 | 約2,400円 |
| 口腔内装置3(熱可塑性シート・即重レジン等) | 650点 | ✅ 可 | 約1,950円 |
ここが重要なポイントです。顎関節症の保険算定では、口腔内装置1(最も点数が高い1,500点)は原則として使用できません。使えるのは口腔内装置2または3に限られます。これは歯科点数表の通知に明記されており、算定ミスにつながりやすい部分でもあります。
実際に患者が窓口で支払う金額は、スプリント製作費だけではありません。初診時には、初診料(約270点)、X線撮影(デンタル1枚100点〜、パノラマ202点)、顎関節の検査料などが加算されます。これらをすべて合算すると、3割負担で初診当日に3,000円〜5,000円程度、スプリント装着日にさらに2,000円〜3,000円程度がかかるのが実態です。
つまり合計で5,000円〜1万円程度が保険診療での目安ということですね。
参考情報:日本顎関節学会が公開している保険算定の点数早見表(顎関節症診療に特化)
日本顎関節学会|顎関節症・保険診療点数早見表(PDF)
保険が適用される安心感はあっても、自費診療が選ばれる場面は確実に存在します。どういうことでしょうか?
まず、保険スプリントは素材と形態に制約があります。口腔内装置2・3として算定できる素材は熱可塑性樹脂や即重レジンが中心で、精密度の高いアクリリックレジンによるカスタムメイドのハードスプリントは、保険算定上は口腔内装置1相当となり、顎関節症病名では原則算定できません。
そのため、精度の高い個別調整が必要な重症例や、歯ぎしりの力が非常に強くソフト素材では耐久性が不足するケースでは、自費によるスプリント製作が選ばれます。費用の目安は以下の通りです。
国公立病院での費用は開示資料からも確認できます。例えば長崎大学病院が公開している保険外負担の一覧によると、スリープスプリントタイプのマウスピースは59,700円と記載されています。これは高額に見えますが、精密な計測と調整が含まれているためです。
これは使えそうです。患者へのインフォームドコンセントで「なぜ自費なのか」を説明する際にも、この数字の根拠をしっかり示せると信頼につながります。
自費診療では医院ごとに価格設定が異なるため、患者への事前説明で費用内訳を明確に提示することが、後々のトラブル防止の原則です。
参考:長崎大学病院が公開している保険外負担に係る諸料金一覧(スリープスプリント等の自費費用の実例)
長崎大学病院|保険外負担に係る諸料金一覧(PDF)
ここで多くの歯科医従事者が見落としがちな、患者説明に直結する重要なルールがあります。厳しいところですね。
保険のルール上、スプリントを作製してから6か月以内に同一目的で作り直す場合は、保険が適用されません。全額自己負担、すなわち自費になります。
これは歯科点数表の告示・通知に定められているルールで、「同一の傷病に対して半年以内に再製作した場合は算定できない」という考え方に基づいています。具体的には次のようなケースで問題になります。
自費で再製作する場合の費用は、医院によって差はありますが、15,000円〜30,000円程度になることが多いです。患者は「また5,000円で作れる」と思い込んでいることが多く、説明なしに自費請求をすると大きなクレームになります。
これは患者への事前説明で必ず伝えておくべき情報です。スプリント装着指導の際に「半年以内の紛失・破損は保険が使えないため、1万5,000円以上のご負担になる場合があります」と明示しておくことが、患者とのトラブルを防ぐ最も効果的な対策です。
また、修理については一部保険算定が可能ですが、「装着月には修理算定ができない」という制限もあります。これも患者説明の際に注意が条件です。
患者が「ドラッグストアで売っているマウスピース(800円〜3,000円)を使っていい?」と質問してくるケースは少なくありません。これをどう説明するか、歯科医従事者として正確な知識を持っておくことは非常に重要です。
結論は明確です。顎関節症の治療目的で市販のマウスピースを使うことは推奨されていません。
市販のマウスピースは「歯ぎしり防止」や「スポーツ用保護」などを主な目的として設計されており、顎関節の治療用に設計されたものではありません。顎関節症のスプリント療法では、個々の患者の咬合関係に合わせた精密な位置関係の再現が不可欠です。
市販品の問題点は次の通りです。
歯科医院で作製するスプリントは3割負担で約5,000円ですが、市販品が800円〜3,000円であることを考えると「高い」と感じる患者もいます。しかし、市販品を使って症状が悪化すれば、最終的にはより多くの治療費と期間が必要になります。
「短期的には市販品のほうが安いが、症状悪化リスクがあり、結果的に高くつく場合がある」というロジックで、患者にわかりやすく説明することが大切です。これは患者教育の基本です。
患者向けの説明資料を用意する際は、「市販品は治療器具ではなく予防グッズ」という位置付けを明確にしておくと伝わりやすいです。
参考:市販マウスピースの顎関節治療への使用リスクをわかりやすく解説しているページ
矯正・審美歯科サイト|顎関節治療で市販マウスピースを使用することのリスク
患者から「費用を少しでも抑えたい」と相談された際、医療費控除の案内ができるかどうかは、歯科医従事者としての信頼感に直結します。これは患者にとってのメリットが大きい情報です。
まず確認しておきたいのは、顎関節症の治療は「病気の治療」であるため、医療費控除の対象になるという点です。保険診療・自費診療を問わず、治療を目的とした医療費は控除対象です。
医療費控除の基本的な仕組みは以下の通りです。
具体的に数字で見てみましょう。年収500万円(課税所得約200万円、税率10%と仮定)の患者が、顎関節症の治療や他の歯科・医科治療を含めて年間20万円の医療費を支払った場合、医療費控除の対象額は20万円−10万円=10万円となり、所得税の還付が約1万円、住民税の減額が約1万円で、合計約2万円の実質的な節税効果が生まれます。
さらに自費で高額な顎関節症治療(矯正や補綴など)を受ける場合は、「高額療養費制度」の対象にはなりませんが(自費診療は対象外)、医療費控除との組み合わせで実質負担を減らすことができます。
顎関節症治療に関するよくある質問と医療費控除の適用例
広瀬通り歯科クリニック|顎関節症に関するよくある質問(医療費控除について)
患者への案内として、「治療が終わったら領収書を必ず保管するようにお伝えください」という一言を添えるだけで、患者満足度は大きく上がります。歯科医院側でも領収書の明細記載(治療目的が明確にわかる内容)を徹底しておくことが、患者の控除申請をスムーズにする条件です。