BMPシグナルが神経を左右する驚きの仕組み

「BMPシグナルは骨の話」と思っていませんか?実は発生期から成体脳まで、神経の運命を決める重要な制御因子です。その仕組みと疾患との関係とは?

BMPシグナルと神経の関係を徹底解説

「BMPシグナルが欠損すると、脳の興奮と抑制のバランスが崩れてんかん様発作が起きる。」


BMPシグナルと神経:3つのポイント
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BMPは「骨」だけの話ではない

BMPシグナルは発生初期から神経の運命決定に深く関わる。外胚葉細胞がBMPシグナルを受けると「表皮」に、遮断されると「神経」に分化する。

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SMAD経路が神経分化を制御する

BMP受容体を介してSMAD1/5/8がリン酸化され、核内に移行して標的遺伝子の発現を制御。239種類以上の遺伝子がその支配下にある。

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成体脳でも神経回路を維持する

生後の脳でもBMP2が興奮神経と抑制神経のバランスを調節。2024年のNature掲載研究でその役割が明らかになった。


BMPシグナルとは何か:神経との関わりの基礎知識

BMP(Bone Morphogenetic Protein)は、日本語で「骨形成タンパク質」と呼ばれますが、その名前から「骨に関係する因子」とだけ捉えていると、重要な側面を見落とすことになります。BMPはTGF-βスーパーファミリーに属する分泌型シグナル伝達分子の一群であり、現在14種類以上が確認されています。


BMPが細胞に作用する仕組みから見ていきましょう。まず細胞外に存在するBMPリガンドが、細胞表面のⅠ型・Ⅱ型受容体のヘテロ二量体と結合します。受容体はともに膜貫通型のセリン/スレオニンキナーゼ型受容体で、リガンドの結合によってⅡ型受容体がⅠ型受容体をリン酸化し、シグナルが細胞内に伝わります。これが「BMPシグナルカスケード」の始まりです。


つまりBMP受容体の活性化が基本です。


次に、活性化されたⅠ型受容体がSMAD1・SMAD5・SMAD9(旧SMAD8)のセリン/スレオニン残基をリン酸化します。リン酸化されたこれらのSMADタンパク質はSMAD4と複合体を形成し、核内へ移行して標的遺伝子の転写を制御します。これが「BMP-SMADシグナル伝達経路」と呼ばれる主要な経路です。


SMAD経路が主役ということですね。


一方で、SMADを介さない非古典的経路も存在します。MAPキナーゼ経路やPI3キナーゼ経路を経由するものがその代表例です。これらはSMAD非依存経路と呼ばれ、細胞の状況に応じてBMPシグナルを多面的に調節しています。また細胞外ではノギン(Noggin)やコーディン(Chordin)などの分泌型タンパク質がBMPリガンドに結合して受容体との相互作用を阻害し、シグナルを抑制する仕組みも備わっています。


このようなシグナル抑制分子の存在こそが、後述する神経誘導において決定的な役割を果たします。BMPシグナルの強さは単なる「ある・なし」ではなく、きわめて精密に濃度勾配として制御されており、その勾配が組織のパターン形成を左右します。


BMP受容体は主に、BMPR1A(ALK3)・BMPR1B(ALK6)・ACVR1(ALK2)の3種類がⅠ型として、BMPR2・ActR2A・ActR2Bの3種類がⅡ型として同定されています。リガンドとⅠ型受容体の組み合わせには特異性があり、BMP2・BMP4はBMPR1AやBMPR1Bに強く結合し、BMP6・BMP7はALK2に強く結合するという違いがあります。


脳科学辞典「骨形成因子(BMP)」|神経系における機能・シグナル伝達経路の詳細解説


BMPシグナルが神経誘導を左右する:表皮か神経かの二者択一

BMPシグナルと神経系の関係を最も劇的に示す現象が「神経誘導」です。神経誘導とは、脊椎動物の初期発生において、形成体(organizer)と呼ばれる胚の特定領域が未分化外胚葉に働きかけ、神経組織としての性質を与える現象です。


1924年、ドイツの生物学者ハンス・シュペーマンとヒルデ・マンゴルトは、イモリの原口背唇部を別の個体に移植する実験で、移植先に第2の体軸と神経組織が誘導されることを発見しました。この領域を「形成体(オーガナイザー)」と名付け、1935年のノーベル賞につながった歴史的な発見です。


ポイントはここからです。1990年代の分子生物学的解析で、形成体から分泌される神経誘導因子の正体が次々と明かされました。ノギン・コーディン・フォリスタチンの3つがその代表で、いずれもBMP4と結合してBMP4と受容体の相互作用を阻害することで細胞を「神経化」することが分かったのです。


BMPを遮断すると神経になるということですね。


この発見は非常に重要な意味を持ちます。未分化外胚葉細胞では、BMPシグナルが活性化されていると細胞内でSMAD1がリン酸化され、下流遺伝子の発現が誘導されて「表皮」へと分化します。一方、BMPシグナルが遮断された細胞は「神経」へと分化します。すなわち、BMPシグナルの存在・非存在が細胞の運命(表皮か神経か)の二者択一を決定しているのです。


この概念から「神経デフォルト説」が生まれました。未分化外胚葉細胞は、外からシグナルを何も受け取らなければ神経化するという仮説です。アフリカツメガエルのアニマルキャップ(初期胚の未分化細胞集団)をバラバラにして細胞間の相互作用を失わせると、細胞は神経化することが確認されており、BMPシグナルが薄まったためと解釈されています。


意外ですね。


ただし現在では、神経化には細胞のコンピテンス(誘導因子に対する反応能)という条件も必要であることが分かっています。原腸形成期の外胚葉細胞ではFGF/ERKシグナルがあらかじめ活性化されており、このことが神経化に必須とされています。つまり「神経デフォルト説」は成り立つ前提として、細胞内部の条件が整っていることが必要なのです。


さらに面白いことに、脊椎動物と無脊椎動物(ショウジョウバエ)では、神経誘導を担う分子メカニズムが類似していながら、胚内での背腹の方向が逆になっていることが示されています。ショウジョウバエではsog(脊椎動物のコーディンに相当)が腹側から背側へ濃度勾配を形成し、dpp(BMP4に相当)のシグナルを阻害することで腹側に神経芽細胞が生じます。これは進化の過程で胚の背腹軸が反転したことを示す証拠の一つとして注目されています。


脳科学辞典「神経誘導」|形成体・BMP4・神経デフォルト説の詳細と最新知見


神経管・大脳のパターン形成とBMPシグナルの具体的な役割

神経誘導で外胚葉から神経組織の素地が形成されると、次に「神経管」が作られます。神経管は脳と脊髄の原基となる管状の構造で、ここでもBMPシグナルは重要な役割を担っています。


神経管が形成された後、その内部ではさまざまなニューロンのサブタイプが作り分けられます。これを「パターン形成」と呼びます。神経管の背側(上側)からはBMPが分泌され、腹側(下側)からはSonic Hedgehog(Shh)という別のシグナル因子が分泌されます。この2つのシグナルが「拮抗する濃度勾配」を作り出すことで、神経管内の各領域が決定されます。


BMP濃度が高い背側では背側型のニューロンが、ShhシグナルNが優勢な腹側では腹側型のニューロンが生まれます。例えば、脊髄の痛みや触覚を伝える感覚ニューロン(中継細胞)のほとんどは背側から生まれ、運動を制御する運動ニューロンは腹側から生まれます。この「背腹軸の分業」の制御にBMPシグナルが必須なのです。


大脳についても同様の仕組みが働きます。発生期においてBMP4・BMP5・BMP7が大脳の背側領域に発現し、海馬や大脳皮質の形成を導くパターン形成因子として機能します。発生が進むにつれてBMPの発現領域は海馬采(fimbria)や脈絡叢(choroid plexus)に限局していきます。これは発生時期に応じてBMPの「担当領域」が移ろっていくダイナミックな仕組みです。


また、神経幹細胞の分化においてBMPシグナルは特定の細胞種の分化を促進するだけでなく、逆に抑制もします。たとえば神経管背側から分泌されるBMPは、Olig2を発現するオリゴデンドロサイト前駆細胞の分化を抑制します。オリゴデンドロサイトとは神経の絶縁体である「ミエリン鞘」を形成する細胞で、この細胞が適切な時期に適切な場所で生じるよう、BMPとFGFシグナルが協調して調節しているわけです。


これは使えそうです。


興味深い例として、ショウジョウバエや脊椎動物の三叉神経節の研究では「軸索の投射先から供給されたBMPが逆行性に神経細胞体まで伝わり、遺伝子発現と分化形質を制御する」ことが示されています。つまりBMPシグナルは必ずしも近傍の細胞間だけで作用するのではなく、軸索を通じて遠距離にあるニューロンの核にまで影響を及ぼす「逆行性シグナル」としても機能しています。


生化学(日本生化学会)「BMPシグナルの多彩な機能──初期発生から骨格形成まで」|受容体・Smad経路・初期発生の詳細レビュー


成体脳でのBMPシグナルと神経幹細胞:発生後も続く神経制御

BMPシグナルの役割は、胎児期の発生が終わったあとも続きます。この点は一般にはあまり知られていません。


成体マウスの海馬では、神経幹細胞がゆっくりと増殖しながら顆粒細胞(新しいニューロン)を産生し続けています。ここでのBMPシグナルの役割は驚くべきものです。BMPシグナルのレベルを人為的に下げると、神経幹細胞は一時的に増殖を速めます。しかしそれは短期的な現象で、長期的には「ゆっくり増殖するプールの枯渇」が起き、結果として産生されるニューロンの総数が減少してしまうのです。


神経幹細胞の維持にBMPが必要ということですね。


このことはBMPシグナルが神経幹細胞の過剰消費を防ぐ「ブレーキ役」を担っていることを意味します。幹細胞を一気に使い切らずに長期にわたって機能を維持するために、BMPが意図的に増殖を抑えているという解釈です。


さらに2021年に名古屋大学が発表した研究では、レット症候群の原因因子(MeCP2)が神経幹細胞の分化を制御する際にBMPシグナル(SMAD1を含む下流因子)と密接に連携していることが示されました。レット症候群は主に女児に発症する神経発達障害で、生後6〜18ヵ月頃に発達の退行が始まり、コミュニケーション障害や知的障害、運動障害をもたらします。BMPシグナルとこうした神経発達疾患との関連が少しずつ明らかになりつつあります。


また、アルツハイマー病においてもBMPシグナルへの言及が増えています。成体神経新生の減少メカニズムにBMPシグナル伝達の異常が関与しているという報告が2025年に早稲田大学のグループからなされており、加齢と神経変性疾患の観点からも注目されています。


成体脳でのBMPシグナルの研究は、発生生物学の枠を超えて「神経の老化・疾患予防」という新しい視野につながりつつあります。


成体脳のBMP2と興奮・抑制バランス:2024年のNature論文が示す新事実

2024年4月、スイス・バーゼル大学のグループがNature誌にオンライン掲載した研究は、BMPシグナルと神経の関係に新たな次元を加えるものでした。


この研究チームは、BMP2・BMP4・BMP6・BMP7の4種類のBMPリガンドについて完成した脳内での発現パターンを詳細に調べました。その結果、BMP2がグルタミン酸作動性興奮神経(脳内で「アクセル」的に働く神経)で強く発現していることを突き止めています。


発見はここで終わりません。BMP2が働きかける受容体が、パルボアルブミン(PV)を発現する抑制性神経(脳内で「ブレーキ」的に働く神経)に発現していることも同時に明らかになりました。すなわち、興奮神経がBMP2を放出して抑制神経に働きかけ、そのバランスを調整するというフィードバックループの存在が示されたのです。


興奮神経と抑制神経が会話しているようですね。


このフィードバックの仕組みはこうです。興奮神経が興奮すると、その周囲のPV抑制神経でBMP2依存の遺伝子発現が高まります。PV抑制神経では主にSMAD1が下流でシグナルを受け取り、マウス新皮質ではSMAD1の制御を受ける遺伝子が239種類確認されています。これが抑制シナプスの強化につながり、興奮が過剰になるのを防ぎます。


研究チームがPV神経でSMAD1をノックアウトしたマウスを作製すると、抑制シナプス数が通常の半分近くにまで低下し、興奮神経の発火率が高まりました。さらにこの遺伝子異常が誘導されると、てんかん様の発作が観察されました。


この結果は、BMPシグナルが「発生プログラムの名残り」として成体脳に残るだけでなく、日常的な神経回路の維持・調整に能動的に関わっていることを示す画期的な証拠です。


てんかんなどの神経疾患に新たな治療アプローチのヒントを与える研究として評価されています。BMPシグナルを標的とした治療法の開発や、興奮・抑制バランスの異常を伴う自閉スペクトラム症(ASD)や統合失調症研究への応用が期待されています。今後このシグナルを調節できる薬剤やバイオマーカーの研究が加速する可能性があります。


Lab Brains「BMP2が生後神経回路の維持に関わっている(Nature掲載論文解説)」|興奮・抑制バランスとBMP-SMAD1シグナルの役割


BMPシグナル異常と神経疾患のつながり:ALS・遺伝性疾患・てんかんの視点から

BMPシグナルの異常がいくつかの神経疾患と関連することが、特にショウジョウバエを使ったモデル研究から明らかになっています。とりわけ神経筋接合部(運動神経と筋肉が接する場所)のシナプス形成に、逆行性BMPシグナルが重要な役割を果たすことが詳細に研究されています。


ショウジョウバエの神経筋接合部では、筋肉側から分泌されるBMPの一種(Glass bottom boat, Gbb)がプレシナプス(運動神経側)に存在する受容体複合体に結合します。これによってシグナルが逆向きに神経細胞体まで伝わり(逆行性シグナル)、核内でMAD(SMADのハエホモログ)がリン酸化されて、シナプスの維持に必要な遺伝子群の転写が制御されます。このBMPシグナル経路に変異が生じると神経筋接合部が縮小して神経伝達が低下し、逆にシグナル抑制因子が欠損すると神経筋接合部が肥大します。


遺伝性痙性対麻痺との関連も注目されます。遺伝性痙性対麻痺(hereditary spastic paraplegia)の原因遺伝子の一つNIPA1のハエホモログ(spichthyin)が変異すると、リン酸化Madが正常の約4倍に増え、神経筋接合部のシナプスボタン(神経終末の球状構造)の数も2倍に増加します。哺乳類細胞の実験でもNIPA1がBMPシグナルを抑制することが確認されており、過剰なBMPシグナルが神経に悪影響を及ぼす例として位置づけられています。


筋萎縮性側索硬化症(ALS)についても言及が必要です。家族性ALSの一部にはVapB遺伝子の変異がありますが、そのハエホモログの変異体でも神経筋接合部のシナプスボタン数が減少します。さらに自然発症型ALS患者の運動ニューロンでリン酸化SMADの減少が報告されており、BMPシグナルの低下がALSの病態に関与している可能性が示唆されています。


ALS研究でも注目されています。


脊髄性筋萎縮(SMA)のモデルでも、Smn1遺伝子の変異とBMPシグナルの低下が関連することが示されており、BMPシグナルの低下が神経変性疾患に共通して見られる現象であることが浮かび上がってきています。


多発性硬化症(MS)については、関連遺伝子Clec16Aのハエホモログ(ema)変異体でシナプスボタンの肥大とリン酸化Mad量の増加が観察されており、BMP-SMAD経路の調節異常が関係している可能性があります。


これらの知見はいずれも、BMPシグナルの「適切な強度」が神経の正常な機能維持に不可欠であることを示しています。強すぎても弱すぎても神経に異常が生じるという点は、BMPシグナルを治療標的とする際の精密な調節の難しさを示唆しています。


































疾患名 BMPシグナルの変化 主な症状・特徴
遺伝性痙性対麻痺 過剰(NIPA1変異→リン酸化SMAD増加) 下肢の筋硬直・歩行障害
筋萎縮性側索硬化症(ALS) 低下(リン酸化SMADの減少) 運動神経変性・筋萎縮
脊髄性筋萎縮(SMA) 低下(Smn1変異と連動) 筋力低下・運動発達障害
てんかん(モデル) 低下(SMAD1ノックアウト) 興奮・抑制バランス異常・発作
レット症候群 調節異常(SMAD1と連動) 神経発達退行・知的障害


脳科学辞典「骨形成因子(BMP)」神経変性疾患とBMPシグナルの関連セクション