「壊れてから直す」を続けると、50年間の維持費が予防保全の約8倍になると知っていましたか?
「予防保全計画」という言葉を聞いたとき、「施設ごとの補修スケジュールのことでしょ?」と思う方は少なくありません。しかし実際には、個別施設の「維持管理計画」とは明確に区別された、港湾全体を見渡すマネジメント文書です。この違いを理解することが、港湾インフラの課題を正しく把握する第一歩になります。
国土交通省の資料によると、維持管理計画は「施設単位」で策定されるものであり、特定の岸壁や防波堤についての点検頻度・補修内容・実施時期などを定めます。一方、予防保全計画は「港湾単位」で策定されるもので、港内に存在するすべての施設の老朽化状況・利用状況・優先度を横断的に整理し、限られた財源の中でどの施設を優先的に改良するかを決める、いわば「選択と集中」の戦略文書です。
つまり、これは一種の「港湾の経営計画」です。
計画の策定主体は国(地方整備局等)と港湾管理者(地方公共団体等)が共同で担い、計画期間は5か年単位で設定されます。対象港湾は原則として重要港湾以上ですが、必要に応じて地方港湾も対象に加えられます。対象施設は国有港湾施設と補助港湾施設が中心です。
予防保全計画を策定することで期待できる主な効果は、以下の5点です。
- ①一覧性の確保:港内すべての施設の老朽化度・利用状況を一覧で比較・共有できる
- ②ライフサイクルコストの縮減・延命化:施設ごとの将来費用を試算し、総コストを圧縮できる
- ③優先順位の明確化:限られた予算で「どの施設を先に直すか」の根拠を持てる
- ④事業費の平準化:年度ごとの改良工事費が集中・不均衡にならないよう調整できる
- ⑤陳腐化施設の整理推進:利用実態のなくなった施設の廃止・利用転換を計画的に進められる
各施設の対応方針は、「①優先的に老朽化対策を実施」「②時期を考慮して老朽化対策を実施」「③当面対策不要」「④廃止・利用転換」の4段階に分類されます。これが原則です。
参考リンク(国土交通省:港湾施設の戦略的な維持管理の推進について。予防保全計画と維持管理計画の関係・対応方針の考え方が詳しく説明されています)。
国土交通省「港湾施設の戦略的な維持管理の推進について」(PDF)
現状のデータを確認すると、問題の深刻さが一気に実感できます。
高度経済成長期(1960〜70年代)に大量整備された港湾の係留施設(岸壁・桟橋・物揚場など)は、建設後50年以上が経過する割合が急カーブで増えています。国土交通省港湾局の調査によれば、2015年3月時点では約1割だった比率が、2020年3月には約2割、そして2040年3月には約7割に達する見込みです。対象となる公共岸壁はおよそ5,000施設(水深4.5m以深の国際戦略港湾・国際拠点港湾・重要港湾・地方港湾の岸壁数)にのぼります。
7割という数字は、東京ドーム換算よりも身近な表現でいえば、10か所の岸壁のうち7か所が「建て替え時期を過ぎた老朽マンション」の状態になるイメージです。
深刻なのはコストだけではありません。港湾施設は塩害という過酷な環境に常にさらされており、海中に沈んでいる鋼管杭や鋼矢板の劣化は、目視では発見できないことが多い点が最大のリスクです。実際に2017年には、鋼管杭の腐食を起因とする岸壁エプロン(荷役作業を行う地面部分)の陥没事故が複数発生しています。一例として、ある港では長さ4.7m×幅1.9m×深さ1.5mもの穴がエプロン部分に突然空きました。
近年の動向としては、老朽化に起因する港湾施設の損傷事案数は、令和元年度を境に減少傾向に転じています。令和2年度以降のデータでは年間約17件前後と、対策の効果が少しずつ数字に表れています。ただ、施設の老朽化自体は着実に進んでいるため、予防保全の手を緩めると再び増加に転じるリスクが残ります。注意が必要です。
参考リンク(国土交通省:港湾施設の維持管理取組について。老朽化の進行割合や損傷事案件数のデータが記載されています)。
国土交通省「港湾施設の維持管理の取組について」令和5年度版(PDF)
「予防保全は大事」という話は理解できても、「実際にどれくらい得なの?」という視点がなければ、計画策定への動機付けにはなりません。ここでは、具体的な数字で整理します。
まず国全体のマクロな数字から見てみましょう。国土交通省の試算では、現状(事後保全中心)のペースで維持管理を続けた場合、2018年度時点で年間約5.2兆円の維持管理・更新費が、2048年度(30年後)には年間約12.3兆円まで約2.4倍に膨らむとされています。一方、予防保全へ転換した場合には、2048年度でも約6.5兆円程度に抑えられ、事後保全比で約5割の縮減が期待できるとされています。
次にミクロな事例として、千葉県の港湾施設の試算を見てみましょう。同県港湾課が策定した長寿命化計画では、2014年度から2063年度の50年間で、予防保全型に移行した場合の維持費は事後保全型と比べ約8割削減できるとシミュレーションされています。対象は防波堤など265施設。これが端的に「早期に少し手をかける方が、後で大きなお金を払わずに済む」を示す実例です。
橋梁のデータも参考になります。ある沖縄の検討事例では、1橋あたり50年間の累積維持管理費で、事後保全が1,000万円以上かかるところを予防保全では数百万円台に抑えられた事例が報告されています。港湾施設でも同様の論理が適用されます。
コスト削減のメカニズムを一言でまとめると、「劣化度が浅いうちに軽微な補修(コスト小)を行い、深刻な劣化(コスト大)に至る前に手を打つ」という考え方です。病気に例えれば、がん検診で早期発見して小手術で済ませるか、末期まで放置して大手術・長期入院になるかの違いに近いと言えます。これは分かりやすい例えですね。
参考リンク(インフラ長寿命化推進の観点から、予防保全と事後保全のコスト比較が詳しく解説されています)。
国土交通省「社会資本の将来の維持管理・更新費の推計結果」(PDF)
予防保全計画に実効性を持たせるのが「点検診断」です。港湾施設の点検は、港湾法第56条の2の2に基づいて法的に義務化されており、維持管理計画に定める方法で実施しなければなりません。ここは法律の話なので、きちんと押さえておきたいところです。
港湾の施設の点検診断ガイドライン(平成26年7月策定・令和3年3月一部変更)によれば、点検の種類は主に以下のように分類されます。
| 種類 | 概要 |
|---|---|
| 初回点検 | 維持管理計画策定前に施設の初期状態を把握する点検 |
| 日常点検 | 日常的な目視による簡易確認 |
| 一般定期点検診断 | 5年以内ごとに実施。目視を主体とした標準的な点検 |
| 詳細定期点検診断 | 潜水調査や詳細部材調査を含む精密点検 |
| 臨時点検診断 | 台風・地震など異常事態発生後に実施 |
法令告示では、定期点検診断は原則5年以内ごと、人命・財産・社会経済活動に重大な影響を及ぼす重要施設については3年以内ごとに実施することが定められています。
海中部の点検が特に重要で、かつ難しい理由があります。鋼管杭や鋼矢板は海面下にあり、目視では確認できません。そのため潜水調査や、近年ではAUV(自律型水中ロボット)・ドローンを使った新技術の導入が進んでいます。国土交通省は「新しい点検技術カタログ」を整備し、港湾管理者が新技術を選びやすい環境を整えています。これは積極的に活用すべきです。
点検結果は「性能低下度」として総合評価され、「維持工事等が必要」「対策不要」「計画変更が必要」のいずれかに分類されます。この評価結果が予防保全計画の対応方針に反映され、PDCAサイクルが回る仕組みです。点検→評価→計画更新が原則です。
参考リンク(国土交通省:港湾施設の維持管理に関するガイドライン類が一覧化されています)。
国土交通省「港湾施設の維持管理」(ガイドライン一覧ページ)
予防保全計画の世界にも、デジタルトランスフォーメーション(DX)の波が押し寄せています。その中心にあるのが「サイバーポート(港湾インフラ分野)」です。
サイバーポートは、港湾に関する様々な情報を電子化・一元化するプラットフォームで、「港湾物流分野」「港湾管理分野」「港湾インフラ分野」の3つの柱から成ります。このうち維持管理に関わるのが「港湾インフラ分野」です。具体的には、施設の諸元(施設名・所在地・完成時期など)から、点検結果・性能低下度・予防保全計画といった維持管理情報全般をデジタル管理し、国や港湾管理者が情報を閲覧・共有できる仕組みになっています。
2025年4月時点では、全国932港がサイバーポートの対象に拡大され、月額9,000円という比較的低コストで港湾インフラ情報の一元化が可能な環境が整いつつあります。これは使えそうです。
デジタル化によってもたらされる実務上の変化は大きく3つあります。第一に、維持管理情報の「見える化」です。これまで紙や担当者個人の知識に依存していた施設情報が、データとして蓄積・可視化されます。第二に、技術者不足への対応です。熟練技術者が少なくなる中でも、データドリブンで判断できる体制が整います。第三に、予防保全計画の精度向上です。蓄積された点検データから劣化予測の精度が上がり、より合理的な優先順位付けが可能になります。
また、近年では令和3年6月策定の「国土交通省インフラ長寿命化計画(行動計画)」において、「令和7年度(2025年度)までに数値目標及びコスト縮減効果を個別施設計画に記載する港湾管理者の割合を100%とする」という目標が掲げられました。この目標に向けてDXの取組が加速している状況です。
まとめると、予防保全計画はペーパーで終わるものではなく、デジタルデータとして生き続け、港湾の長寿命化を支える仕組みへと進化しています。港湾インフラの今後を考えるなら、このサイバーポートとの連携がカギになるといえるでしょう。
参考リンク(東京都港湾局:東京港予防保全基本計画の策定経緯と令和5年更新版の概要が確認できます)。
東京都港湾局「東京港港湾施設等予防保全基本計画」

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