歯科治療において印象材は、患者さんの口腔内の状態を正確に再現するために欠かせない材料です。印象材を使用して得られた型(印象)から石膏模型を作製し、それをもとに補綴物(クラウン、ブリッジ、義歯など)を製作します。
アルジネート印象材は、歯科臨床で最も一般的に使用される印象材の一つです。主成分はアルギン酸ナトリウムと石膏で、アルギン酸は海藻から抽出される成分です。粉末と水を混ぜ合わせることで化学反応が起こり、ゲル状に変化します。
アルジネート印象材の化学反応は以下のようになります。
カリウム(ナトリウム)アルギネート + 硫酸カルシウム二水和物 + 水 → アルギン酸カルシウム + 硫酸カリウム(ナトリウム)
アルジネート印象材の特徴。
アルジネート印象材は、研究用模型の作製や義歯製作の一次印象など、比較的精度要求が低い場合に適しています。
シリコーン印象材は、より精密な印象が必要な場合に使用される高精度の弾性印象材です。主に「縮合型」と「付加型」の2種類があります。
縮合型シリコーン印象材
縮合型シリコーン印象材は、硬化時にアルコールを放出するため、若干の収縮が生じます。これにより寸法安定性がやや劣りますが、操作性は良好です。
付加型シリコーン印象材(加成型シリコーン印象材)
付加型シリコーン印象材は、硬化時に副産物を放出しないため、寸法安定性に優れています。現在の精密印象用としては最も信頼性の高い材料の一つとされています。
シリコーン印象材の粘度による分類。
付加型シリコーン印象材の主な特徴。
シリコーン印象材は、クラウン・ブリッジの最終印象や、インプラント治療など高い精度が要求される場合に適しています。
ポリエーテル印象材とチオコールラバー(ポリサルファイド)印象材は、どちらも弾性印象材に分類されますが、特性に違いがあります。
ポリエーテル印象材
ポリエーテル印象材は、シリコーン印象材と並んで高精度な印象が得られる材料です。本質的に親水性であるため、湿潤環境でも良好な印象が得られる特徴があります。
ポリエーテル印象材の特徴。
チオコールラバー印象材(ポリサルファイド印象材)
チオコールラバー印象材は、かつては精密印象用として広く使用されていましたが、現在ではシリコーンやポリエーテルに代替されつつあります。
チオコールラバー印象材の特徴。
これらの印象材の選択は、必要な精度、作業時間、コスト、患者の状態などを考慮して行われます。特に湿潤環境でのコントロールが難しい場合は、親水性の高いポリエーテル印象材が選択されることがあります。
非弾性印象材は、硬化後に弾性を持たず、アンダーカット部分の印象採得には適していませんが、特定の用途で重要な役割を果たします。
印象用石膏(プラスター)
印象用石膏は、最も古くから使用されている非弾性印象材の一つです。
特徴。
印象用コンパウンド
印象用コンパウンドは、熱可塑性の非弾性印象材です。
特徴。
酸化亜鉛ユージノール印象材(ZOE)
酸化亜鉛ユージノールは、ペースト状の非弾性印象材です。
特徴。
印象用ワックス
印象用ワックスは、特定の用途に限定して使用される非弾性印象材です。
特徴。
非弾性印象材は、特定の臨床状況や補助的な用途で今でも使用されていますが、多くの場合は弾性印象材に置き換えられています。
印象材の選択は、治療の種類、必要な精度、患者の状態などを考慮して行われます。また、近年ではデジタル技術の発展により、従来の印象材を使用しない光学印象も普及しつつあります。
印象材選択の基準
印象採得の手順とコツ
印象採得を成功させるためのポイント。
デジタル印象技術(光学印象)
従来の印象材を使用せず、口腔内スキャナーで直接デジタルデータを取得する方法が普及しつつあります。
光学印象のメリット。
現在、インビザライン矯正などで広く使用されており、今後さらに普及が進むと予想されています。
印象材の選択は、歯科治療の成功に大きく影響する重要な要素です。従来の印象材の特性を理解しつつ、新しいデジタル技術も取り入れることで、より精密で患者にやさしい治療が可能になります。
歯科材料ハンドブック - シリコーン印象材の特性について詳しく解説されています
クラウンブリッジにおける優れた最終印象へのアプローチ - 印象採得の臨床テクニックが紹介されています
印象材の選択と適切な使用は、補綴治療の成功に直結する重要な要素です。各印象材の特性を理解し、症例に応じた適切な材料を選択することで、より精密な補綴物の製作が可能になります。また、デジタル技術の進歩により、従来の印象材を使用しない方法も増えていますが、基本的な印象材の知識は歯科医療従事者にとって今後も重要な基盤となるでしょう。