水道水で希釈すると殺菌力が30%低下します。
ヒビテン液の主成分であるグルコン酸クロルヘキシジンは、陽イオン性の殺菌消毒剤として歯科医院で広く使用されています。5%の原液を希釈して使用するのが一般的ですが、希釈に使用する水の選択が消毒効果に大きく影響するという事実はあまり知られていません。
水道水には硫酸イオン、炭酸イオン、リン酸イオン、塩化物イオンなどの陰イオンが含まれています。これらの陰イオンがヒビテン液のクロルヘキシジンと化学反応を起こすことで、難溶性の沈殿物が形成される可能性があるのです。特に硫酸イオンとの反応で生成される硫酸クロルヘキシジンは、水に溶けにくい性質を持っています。
沈殿が生じると何が問題なのでしょうか?
沈殿物が形成されると、溶液中のクロルヘキシジンの有効濃度が低下します。つまり、適切な濃度で希釈したつもりでも、実際には消毒効果が不十分になってしまうリスクがあるということですね。福岡県薬剤師会の資料によれば、水道水に含まれる各種イオンの濃度によっては、徐々に難溶性の沈殿を析出し殺菌力が低下することが報告されています。
福岡県薬剤師会「水道水による希釈で影響を受ける消毒薬」では、ヒビテン液の水道水希釈時の化学的変化について詳しく解説されています
カルシウムイオンやマグネシウムイオンなどの重金属イオンも同様に沈殿を引き起こします。これらのイオンは地域によって水道水中の含有量が異なるため、同じ希釈方法でも地域によって消毒効果に差が出る可能性があります。水道水の硬度が高い地域では特に注意が必要です。
歯科医院での器具消毒に限っては、水道水での希釈が許容されています。これは抗菌スペクトルが比較的広く、殺菌力が強いため、水道水に含まれる少量の微生物による汚染を受けにくいという特性があるためです。
ただし、これには重要な条件があります。
希釈後24時間以内に使い切ることが原則です。
水道水には残留塩素による殺菌作用がありますが、時間の経過とともにその効果は減少します。抗菌活性が比較的緩和な消毒薬を水道水で希釈すると、水道水に含まれる少量の微生物により汚染を受けることがあるのです。特にバークホルデリア・セパシアなどの細菌は、低濃度の消毒薬中でも増殖する可能性があります。
24時間以上使用する場合には、1/10量の消毒用エタノールを添加する方法が推奨されています。例えば、1000mlの希釈液を作る場合、100mlの消毒用エタノールを添加することで微生物汚染を防止できます。これにより、希釈液の保存期間を延長できますが、それでも頻繁に新しい溶液と交換することが望ましいです。
健栄製薬の資料によれば、水道水で希釈した場合でも希釈後に高圧蒸気滅菌を行えば、密封・遮光保存で6カ月間は安定であるとされています。しかし、日常的な器具消毒においては、この方法は現実的ではありません。
健栄製薬「希釈に用いる水は?」では、消毒薬希釈時の水の選択基準について詳細な情報が提供されています
器具の消毒では便宜上、水道水で希釈して用いることが多いのが実情です。ただし、手洗い等に使用する希釈液は、少なくとも毎日新しい溶液と取り換える必要があります。
粘膜や損傷皮膚に使用する場合は、必ず滅菌精製水で用時調製するか、高圧蒸気滅菌したものを使用しなければなりません。
これは医療安全上の絶対的な要件です。
口腔内の粘膜や創傷部位は、健常な皮膚と比べて感染に対する防御機能が低下しているためです。
歯科医院では、患者の口腔内に直接使用する消毒液を準備する場面があります。例えば、抜歯後の創傷部位の消毒や、歯周外科処置後の消毒などです。このような場合、0.05%水溶液(100倍希釈)を使用しますが、希釈には必ず滅菌精製水を使用する必要があります。
なぜ精製水が必要なのでしょうか?
精製水は蒸留やイオン交換などの方法で不純物を除去した水です。陰イオンや重金属イオンがほとんど含まれていないため、クロルヘキシジンとの化学反応を起こしにくく、消毒効果を最大限に発揮できます。さらに滅菌精製水であれば、微生物による汚染のリスクもゼロに近い状態です。
添付文書には「常水や生理食塩液等に含まれる陰イオンにより難溶性の塩を生成することがあるので、希釈水溶液を調製する際には、新鮮な蒸留水を使用することが望ましい」と明記されています。これは単なる推奨ではなく、医療安全を確保するための重要な指示なのです。
手術部位の皮膚消毒においても、0.1~0.5%水溶液を使用する際は精製水での希釈が望ましいとされています。ただし、緊急時には0.5%エタノール溶液を使用することも可能です。
5%ヒビテン液を適切な濃度に希釈するには、正確な計算が必要です。希釈計算の基本式は「原液の濃度×原液量=希釈液の濃度×希釈液量」です。この式を使えば、必要な原液量を算出できます。
具体的な計算例を見てみましょう。
0.05%のヒビテン液500mlを作る場合、必要な原液量は「5×X=0.05×500」という式で求められます。
計算すると、X=5mlとなります。
つまり、5%ヒビテン液5mlに水道水(または精製水)495mlを加えれば、0.05%の希釈液500mlが完成します。
これは100倍希釈に相当します。
0.5%の希釈液を1000ml作る場合は、「5×X=0.5×1000」となり、X=100mlです。5%ヒビテン液100mlに水900mlを加えることで、10倍希釈の0.5%溶液が得られます。手術部位の皮膚消毒や医療機器の緊急消毒に使用する濃度ですね。
より実用的な覚え方として、希釈倍率から計算する方法もあります。例えば、50倍希釈の場合は全体量を50で割った量が原液量になります。500mlの50倍希釈液を作るなら、500÷50=10mlが必要な原液量です。
| 目的 | 必要濃度 | 希釈倍率 | 500ml作る際の原液量 |
|---|---|---|---|
| 創傷部位の消毒 | 0.05% | 100倍 | 5ml |
| 手指・皮膚の消毒 | 0.1~0.5% | 50~10倍 | 10~50ml |
| 器具の緊急消毒 | 0.5% | 10倍 | 50ml |
希釈時には容器の選択も重要です。ポリエチレンやポリプロピレン製の容器が適しています。ガラス容器も使用できますが、落下による破損のリスクがあります。
金属製の容器は避けるべきです。
歯科医院でヒビテン液を水道水で希釈する際、最も重要なのは用途の明確な区分です。器具消毒用と患者の粘膜接触用を混同すると、重大な医療事故につながる可能性があります。容器にラベルを貼り、用途、濃度、調製日時、有効期限を明記することが必須です。
水道水で希釈した溶液は、遮光性のある容器で保管してください。直射日光や高温環境下では、クロルヘキシジンの安定性が低下します。理想的な保管温度は室温(15~25℃)です。冷蔵庫での保管は不要ですが、夏場の診療室など30℃を超える環境では品質劣化のリスクが高まります。
赤色に着色されているヒビテン液は、水道水中の塩化物イオンにより赤色色素が還元され、無色になることがあります。
しかし、これは殺菌力には影響しません。
色が変化しても24時間以内であれば使用可能です。
白濁や沈殿が見られる場合はどうするんでしょうか?
白濁や沈殿は、水道水中の陰イオンとの反応によるものです。この場合、有効成分の濃度が不安定になっているため、その溶液は使用せず廃棄するべきです。特に硬度の高い水道水を使用している地域では、このような現象が起こりやすくなります。対策として、精製水の使用に切り替えるか、水道水を使用する場合は希釈後すぐに使用することが重要です。
器具類の保存に使用する場合は、腐食を防止するために高濃度希釈液(0.3%以上)を使用し、微生物汚染を防止するために、エタノールを7vol%以上またはイソプロパノールを4vol%以上になるように添加することが推奨されています。
クロルヘキシジンは両性界面活性剤や陰イオン界面活性剤と配合禁忌です。石けん類は殺菌作用を弱めるので、器具を洗浄した後は石けん分を完全に洗い流してから消毒液に浸漬する必要があります。
診療で使用したミラーやピンセットなどの器具は、まず流水で血液や唾液などの汚れを除去します。次に、0.1~0.5%のヒビテン液に10~30分間浸漬することで消毒が完了します。ただし、この方法は低水準消毒に分類されるため、滅菌が必要な器具については別途オートクレーブなどの滅菌処理が必要です。
手洗い用の希釈液は毎日交換が基本です。朝の診療開始前に新しい溶液を調製し、診療終了後に廃棄するルーティンを確立することで、安全性を確保できます。