歯科医療における3Dプリンティング技術の最大の強みは、患者の口腔内を高精度に再現できる点にあります。従来の歯型採取方法では、患者の口の中に粘土状の材料を入れて型を取り、そこに石膏を流し込んで模型を作製していました。この方法では患者に不快感を与えるだけでなく、精度にもばらつきが生じることがありました。
3Dプリンティング技術を活用すると、口腔内スキャナーで撮影したデジタルデータから直接模型を作製できるようになります。このプロセスには以下のようなメリットがあります。
特に矯正治療やインプラント治療では、治療前の状態と治療後の予測モデルを比較することで、患者へのインフォームドコンセントにも活用できます。
歯科義歯の製作において、3Dプリンティング技術は革命的な変化をもたらしています。従来の義歯製作は手作業による部分が多く、技工士の技術によって仕上がりにばらつきが生じることがありました。しかし、3Dプリンティング技術を活用することで、デジタルデータを基に均一な品質の義歯を製作できるようになりました。
義歯製作における3Dプリンティングの利点は以下の通りです。
特に注目すべきは、マルチマテリアルプリンティング技術の進歩です。この技術により、構造支持のための硬質材料と快適なフィット感のための柔軟な材料を同時に印刷できるようになり、天然の歯や組織を忠実に模倣した高度にカスタマイズされた歯科ソリューションの製造が可能になっています。
2025年の最新技術では、患者一人ひとりの口腔内に最適なフィット感を提供する義歯を短時間で製作できるようになり、患者の生活の質を大きく向上させています。
矯正歯科分野における3Dプリンティング技術の応用は、治療の効率化と患者の快適性向上に大きく貢献しています。特に注目されているのが、マウスピース型の矯正装置「アライナー」の製作です。
従来のワイヤーとブラケットを使用した矯正装置と比較して、3Dプリントで製作されたアライナーには以下のようなメリットがあります。
矯正歯科における3Dプリンティング技術の応用は、樹脂系材料、金属系材料、セラミック材料系に分類されます。樹脂系では矯正診断用模型やセットアップ模型、間接的接着用コア、アライナー装置などが挙げられます。金属材料系では、カスタマイズバンド、パラタルアーチ、リンガルアーチ、上顎急速拡大装置などの製作に活用されています。
日本3Dプリンティング矯正歯科学会によると、歯科用3Dプリンターの世界市場規模は急速に拡大しており、特にアジア太平洋地域では今後の人口増とともに歯科治療の需要が増し、高い成長率で推移することが予想されています。
インプラント治療において、3Dプリンティング技術は治療の精度と安全性を飛躍的に向上させています。特に「サージカルガイド」と呼ばれる手術用ガイドの製作に3Dプリンティングが活用されています。
サージカルガイドとは、インプラントを埋入する際の位置や角度、深さを正確に誘導するための装置です。3Dプリンティングで製作されたサージカルガイドを使用することで、以下のようなメリットがあります。
インプラント治療における3Dプリンティングの活用は、単にサージカルガイドの製作だけにとどまりません。インプラント模型の製作にも活用されており、取り外し可能な歯肉マスクを備えたインプラントモデルを作成することができます。これにより、実際の手術前にシミュレーションを行うことが可能になり、治療の成功率を高めることができます。
高精度インプラントモデルのための拡張機能も開発されており、様々な企業(NT-Trading、Medentikaなど)が保存している統合インプラントライブラリのおかげで、取り外し可能な歯肉マスクを備えたインプラントモデルを、ほぼすべての状況に合わせて作成できるようになっています。
歯科用3Dプリンティング市場は急速に成長しており、その勢いは今後も続くと予測されています。Technavio Researchのレポートによると、歯科用3Dプリンティングデバイス市場は2023~2028年にCAGR(複合年間成長率)27.04%で成長し、28億5000万ドルの増加が見込まれています。
この市場成長を牽引する主な要因としては以下が挙げられます。
特に注目すべきは、歯科診療所内での3Dプリンター導入(チェアサイド3Dプリンティング)の増加傾向です。これにより、歯科医はクラウン、ブリッジ、歯科矯正器具などの幅広い歯科修復物を院内で、患者の来院と同じ日に製造できるようになります。
また、金属を扱える3Dプリンターの普及も進んでおり、これまで主流だったプラスチック加工タイプから、より耐久性の高い金属製の歯科デバイスの製作も可能になりつつあります。これにより、歯科医療の姿も大きく変わっていくことが予想されています。
世界の歯科用3Dプリンタ市場規模は、2025年の1億7410万ドルから2032年までに3億4520万ドルに成長すると予測されており、CAGR(複合年間成長率)は10.3%です。特にアジア太平洋地域では、今後の人口増とともに歯科治療の需要が増し、歯科用3Dプリンタの市場は高い成長率で推移することが予想されています。
3Dプリンティング技術が歯科医療にもたらす革新的なメリットは多いものの、いくつかの課題も存在します。これらの課題に対する取り組みは、技術の健全な発展と患者の安全を確保するために不可欠です。
主な課題と安全性確保への取り組みとしては、以下のような点が挙げられます。
日本3Dプリンティング矯正歯科学会では、これらの課題に対応するため、認定制度を立ち上げています。学術大会参加、ポスター発表および口演、認定セミナー受講、3Dプリンターの検定試験を主な柱として、会員に幅広い発表や教育の場を提供しています。特に、国内唯一の3Dプリンター検定試験の導入は、3Dプリンティングの基本的な知識取得の客観的かつ対外的な評価を可能とし、専門分野の垣根を越えたグローバルな連携・協力を行う上で礎になると考えられています。
また、材料をはじめ、造形データ準備、造形、後加工、検査、梱包等の製造工程の十分な安全性を確保し、製品としての一定の品質を確保するための取り組みも進められています。これらの課題に対して、学術団体として国内外の関連する機関や団体と連携し、客観的かつ公正に取り組むことで、3Dプリンティング技術の歯科医療における健全な発展を支援しています。
歯科用3Dプリンティングの安全性と品質を確保するための詳細な情報については、以下のリンクが参考になります。
日本歯科医師会:歯科用3Dプリンター活用のためのガイドライン