公差がゼロでも、穴は規格外になることがあります。
最小実体公差(Least Material Condition、略してLMC)とは、部品の形体が材料の量が最も少ない状態、つまり軸であれば最小径・穴であれば最大径になっている状態を基準として定める幾何公差の考え方です。医療機器の設計現場では、この概念を正確に理解しているかどうかが、製品の安全性と認証取得の可否に直結します。
LMCの計算において基本となる式は以下のように整理できます。軸の場合、最小実体寸法(LMC寸法)=最小許容寸法(下の寸法許容差側)です。穴の場合は最大許容寸法(上の寸法許容差側)がLMC寸法になります。これが最大実体公差(MMC)と逆になる点で、混同が最も起きやすいポイントです。
ボーナス公差の考え方も重要です。LMC適用時のボーナス公差は次の式で求められます。
ボーナス公差 = 実際の形体寸法 − 最小実体寸法(LMC寸法)
例えば、穴の最大許容寸法(LMC寸法)が φ10.2mm で、実際の測定値が φ9.8mm だった場合、ボーナス公差は 10.2 − 9.8 = 0.4mm となり、図面上の位置度公差にこの 0.4mm を加算した値が実際に許容される公差となります。これは使えそうです。
JIS B 0023(幾何公差の図示方法)では、公差記入枠の第3区画に「Ⓛ」記号を記入することでLMC適用を明示します。ISO 2692でも同様の規定があり、国際的な医療機器の設計図面でもこの記号が用いられます。
JIS B 0023(幾何公差の図示方法)の詳細はJIS検索(JISC公式)で確認できます
実務で迷いやすいのが、穴と軸それぞれのLMC寸法の特定と、ボーナス公差の加算タイミングです。ここでは医療機器部品を想定した具体的な数値例で解説します。
【例①:穴へのLMC適用】
| 項目 | 数値 |
|------|------|
| 穴の基準寸法 | φ10mm |
| 寸法公差 | +0.2 / 0.0(許容範囲:φ10.0〜φ10.2) |
| LMC寸法(最大径) | φ10.2mm |
| 図面上の位置度公差 | φ0.1mm |
| 実測値 | φ10.05mm |
| ボーナス公差 | 10.2 − 10.05 = 0.15mm |
| 実際の許容位置度 | 0.1 + 0.15 = φ0.25mm |
つまり、実測値がLMC寸法から離れるほど許容できる位置度が広がるということです。
【例②:軸へのLMC適用】
| 項目 | 数値 |
|------|------|
| 軸の基準寸法 | φ8mm |
| 寸法公差 | 0.0 / −0.1(許容範囲:φ7.9〜φ8.0) |
| LMC寸法(最小径) | φ7.9mm |
| 図面上の真直度公差 | φ0.05mm |
| 実測値 | φ7.95mm |
| ボーナス公差 | 7.95 − 7.9 = 0.05mm |
| 実際の許容真直度 | 0.05 + 0.05 = φ0.10mm |
軸の場合、LMC寸法は最小径側です。これが基本です。
医療機器では、この計算を誤ると組立工程での干渉や隙間過大による機能不全が起きます。例えばカテーテルの接続部品で許容隙間を誤算すると、液漏れリスクが発生し、製品回収(リコール)につながる可能性もあります。計算根拠を図面審査段階で記録しておくことが重要です。
医療機器設計の現場では、LMC計算に関して繰り返し起こるミスパターンがあります。厳しいところですね。以下に代表的な4つを挙げ、それぞれの回避策を説明します。
① LMCとMMCの混同
最も多いミスは「最小実体」と「最大実体」の方向を取り違えることです。穴に対してMMCは最小径・LMCは最大径、軸に対してMMCは最大径・LMCは最小径という関係を、部品ごとに毎回確認する習慣が必要です。チェックリストに「穴か軸か」「公差方向はどちらか」を明記しておくと見落としを防げます。
② ボーナス公差の計算方向の誤り
LMC適用時のボーナス公差は「実測値がLMC寸法に近いほど小さくなり、離れるほど大きくなる」という性質があります。これはMMCとは逆の挙動です。「実際の形体寸法 − LMC寸法」という引き算の順番を間違えると、負の値になってしまいます。そのような場合はLMC適用の前提自体を見直す必要があります。
③ 図面の公差記入枠の読み忘れ
JIS B 0023に基づく公差記入枠では、第1区画が幾何特性記号、第2区画が公差値、第3区画がMMC/LMC/RFS(形体の実際の状態)の指定です。第3区画にⓁ(LMC記号)がないにもかかわらず、LMC計算を適用してしまうケースがあります。図面読解の際は第3区画を必ず確認してください。確認は必須です。
④ データムへのLMC適用の見落とし
LMCはデータム形体にも適用できます。データム形体にⓁが付いている場合、データムのシミュレーション境界もLMCベースで設定されるため、計算が一段複雑になります。医療機器の組立治具設計でデータム設定を誤ると、全数検査をパスした部品が実際の組立でNG品になるという本末転倒な事態が起きます。
精密工学会誌(J-STAGE)では幾何公差に関する査読済み論文が参照でき、設計根拠の補強に活用できます
LMCが特に有効なのは、「部品の強度・壁厚・材料量を保証したい」場面です。これはMMCが「組み付け性(嵌合のきつさ)」を保証するのとは対照的な用途です。
医療機器での具体的な適用例として代表的なのは以下の場面です。
- 薄肉チューブ・カテーテルの肉厚保証:外径と内径の両方に公差がある場合、肉厚が最薄になる(材料が最も少ない)組み合わせを基準としたLMC計算で、最低肉厚を設計段階で保証できます。
- ねじ穴・通し穴の最小エッジ距離保証:穴が大きくなりすぎると(LMC方向)エッジ肉厚が減り、破損リスクが上がります。LMC基準の位置度計算でエッジ残量を担保します。
- インプラント部品の応力集中部:材料が少ない状態で最も応力が集中するため、LMCを基準にした幾何公差設定が破壊安全率の確保に直結します。
これらの部位は、ISO 13485(医療機器の品質マネジメントシステム)の設計検証プロセスで公差根拠の文書化が求められます。LMCとその計算根拠を設計FMEA(故障モード影響解析)に記録しておくと、第三者認証審査でのエビデンスとして活用できます。これは非常に重要な点です。
MMCが「ガタなく組み付けたい」ときに使うのに対し、LMCは「部品が削れすぎないよう守る」ときに使う、という整理で覚えておくと実務で迷いにくくなります。
PMDA(医薬品医療機器総合機構)の医療機器審査関連情報は、設計文書の要件確認に役立ちます
計算式を知っているだけでは不十分です。実務では「計算結果を品質管理の仕組みに組み込む」ことが重要になります。
まず、図面管理の段階でLMC適用箇所をリストアップし、検査仕様書にその計算根拠を明記します。検査員が現場でボーナス公差を再計算できるよう、計算シートをQC工程表に添付しておく方法が効果的です。特に医療機器では、測定結果の記録と計算過程のトレーサビリティがFDA・CE・PMDAの審査で確認されるため、「誰が計算したか」「どの図面版数を使ったか」の管理が欠かせません。
三次元測定機(CMM)を使った実測では、LMC適用の位置度評価に「実効公差域(ボーナス公差加算後の値)」を検査プログラムに入力する必要があります。測定ソフトウェアがLMC計算に対応しているかを事前に確認してください。代表的な測定ソフトとしてはZeiss Calypso、PC-DMIS、GOM Inspectなどがあり、それぞれLMC/MMC評価への対応状況が異なります。
また、外注部品のサプライヤーに対してLMCの計算根拠を共有することも重要なポイントです。サプライヤーがMMC計算で検査を行っていた場合、LMCとは逆方向の公差判定になり、合格品として納入されたものが実際には不適合、あるいは不合格とされた部品が実は適合品だったというケースが現実に発生しています。これは見過ごせないリスクです。
設計者・品管担当者・サプライヤーの三者間で「LMC適用箇所の計算フォーマット」を統一することが、最終的な品質トラブルの防止につながります。計算フォーマットの統一が条件です。
ISO 2692の最新版(ISO 2692:2021)では、LMCおよびMMCの適用条件と計算方法が詳細に定義されています。JIS版での対応規格はJIS B 0023であり、定期的な版数確認と社内規定への反映を行うことで、設計基準の陳腐化を防ぐことができます。
ISO 2692:2021の概要はISO公式サイトで確認でき、LMC・MMCの国際規格上の定義を確認する際の一次情報として有用です