保護手袋をつけていたのに、指を失った事故が金属加工現場で今も起きています。
リスク低減措置の優先順位は、厚生労働省が定めた指針に明確に示されています。金属加工現場で働く方が知っておくべき最も重要な原則です。
優先順位は高い順から、①設計や計画の段階における危険性・有害性の除去または低減(本質安全対策)、②工学的対策、③管理的対策、④個人用保護具の使用、の4段階で構成されます。重要なのは、この順番が「やりやすい順」ではなく「効果が高い順」だという点です。
法令的な位置づけとしては、まず法令に定められた事項がある場合は必ずそれを実施した上で、上記4段階を「可能な限り高い優先順位のもの」から検討することが求められています。つまり、保護具の着用から検討を始めるのは、手順として誤りなのです。
金属製品製造業では、休業4日以上の死傷災害のうち「はさまれ・巻き込まれ」が約36.3%と最多です。これは保護手袋で防げる事故ではなく、設備や作業方法そのものを変えなければ根本解決にならない種類の事故です。
優先順位の正しい理解が、命を守る第一歩です。
参考:厚生労働省「リスク低減措置の優先順位(PDF)」——リスク低減措置の4段階と法的位置づけについての公式資料
https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001414140.pdf
本質安全対策は、リスク低減措置の中で最も優先順位が高い対策です。危険な作業や物質そのものを廃止・変更することで、リスクの根源を取り除く考え方です。
具体的には、「危険な作業工程の廃止・変更」「危険性や有害性の低い材料への代替」「より安全な施工方法への変更」などが該当します。金属加工現場でよく見られる例を挙げると、溶剤系の切削油を使っていた工程を水溶性切削油に切り替えることや、人が直接接触する手作業を自動化・ロボット化することが本質安全対策に当たります。
「いきなり設備を変えるのは難しい」と感じる方も多いでしょう。しかし本質安全対策は、設計・計画の段階で検討することが特に重要とされています。新しい設備を導入する際や、作業方法を見直すタイミングが最大のチャンスです。
コストと効果のバランスについては「リスク低減に要する負担がリスク低減による防止効果よりも大幅に大きく、合理性を欠く場合を除き、可能な限り高い優先順位のものを実施する必要がある」と指針に明記されています。これが条件です。
参考:厚生労働省・都道府県労働局「金属加工作業におけるリスクアセスメントのすすめ方」——金属加工現場向けに本質安全対策を含む実施手順を解説した公式マニュアル
https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001411792.pdf
本質安全対策でリスクを完全に除去できなかった場合、次に検討するのが工学的対策です。これは設備や技術を使ってリスクを低減する手法で、優先順位の第2位に位置します。
金属加工現場における工学的対策の具体例は幅広くあります。機械の可動部へのカバーやガードの設置、安全装置やインターロックの取り付け、局所排気装置の設置、防音囲いの設置などが典型的です。たとえばプレス機や旋盤の露出した回転部に柵やカバーを設ければ、作業者が誤って接触することを物理的に防げます。東京ドームのフィールド約1個分(1万3,000㎡)の広さがあるような大型工場でも、可動部1か所ずつへのガード設置が積み重なって大きな効果を生みます。これは使えそうですね。
工学的対策が難しい場合や、それだけでは十分でない場合に出番となるのが管理的対策(優先順位第3位)です。作業マニュアルの整備、作業手順書の作成と周知、立ち入り禁止区域の設定、作業者への教育訓練、ばく露時間の管理などが含まれます。
管理的対策は「ルールを守らせる」ことに依存するため、人間のミスが入り込む余地があります。だからこそ優先順位が工学的対策より低いのです。厳しいところですね。マニュアル整備だけで安全管理が完結していると考えている現場は、工学的対策の導入を改めて検討する余地があります。
| 優先順位 | 対策の種類 | 金属加工現場での具体例 | 効果の持続性 |
|---|---|---|---|
| 第1位 | 本質安全対策 | 危険工程の廃止・自動化、素材代替 | ⭐⭐⭐⭐⭐ 恒久的 |
| 第2位 | 工学的対策 | ガード・安全装置・局所排気の設置 | ⭐⭐⭐⭐ 設備維持が必要 |
| 第3位 | 管理的対策 | マニュアル整備・教育訓練・立入禁止 | ⭐⭐⭐ 継続運用が必要 |
| 第4位 | 個人用保護具 | 手袋・マスク・保護メガネ・安全靴 | ⭐⭐ 個人依存・着用確認が必要 |
参考:中央労働災害防止協会「リスクの低減措置の優先順位」——工学的対策・管理的対策を含む4段階の詳細解説
https://www.jisha.or.jp/info/field/ra/about04.html
個人用保護具(PPE:Personal Protective Equipment)は、リスク低減措置の中で優先順位が最も低い第4位の対策です。「保護具さえ使えば安全」という考え方は、厚生労働省の指針と真っ向から反します。
保護具が使われるべき場面は、「上記①〜③の措置を講じた場合においても、除去・低減しきれなかったリスクに対して実施するものに限られる」と明確に定められています。これが原則です。保護手袋・マスク・保護メガネ・安全靴・耳栓などの保護具は、あくまで「残留リスク」に対処するための手段であり、最初から頼るものではないのです。
金属加工の現場では、令和5年の統計で挟まれ・巻き込まれ事故が労働死傷事故の約21%を占めています。手袋などの保護具では、はさまれ・巻き込まれの衝撃そのものを防ぐことは構造上不可能です。むしろ手袋の布が回転体に巻き込まれて被害を拡大させるケースさえ報告されています。
保護具を「最初の砦」として使い続けることのリスクは、現場に本質的な危険が残り続けることです。保護具を使うとしても、個人に合ったサイズ・性能のものを正しく選定することが必要です。たとえば防塵マスクはマスクフィットテストで個人に最適なものを選ぶことが推奨されています。
保護具の着用は義務ではなく「最後の補完手段」だけ覚えておけばOKです。
リスク低減措置の優先順位を理解しても、実際の現場での運用で見落とされがちなポイントがあります。それが「残留リスクへの対応」と「措置後の検証」です。
リスク低減措置を講じた後でも、技術上の制約などにより完全に排除できないリスクが残ることがあります。これを「残留リスク」といいます。残留リスクが生じた場合は、①作業者に対してどのような残留リスクがあるかを直ちに周知すること、②暫定的な安全措置を実施すること、③設備改善などの恒久対策を次年度の安全衛生計画に組み込んで計画的に解決することが求められています。
措置後の検証も重要です。リスク低減措置を実施した後に、当初想定した通りのリスクレベルに下がっているかを確認しなければ、対策が形骸化してしまいます。リスクアセスメントの結果と実施した措置は記録として保存し、次回のアセスメントに活用することが必要です。
この「検証→記録→次回へのフィードバック」のサイクルが、金属加工現場の安全水準を継続的に高める仕組みの核心です。安全衛生活動マニュアル(日本鍛圧機械工業会作成)では、残留リスクに応じた教育と人材配置の実施も具体的に求められています。
職場のリスクアセスメント結果を一覧表で管理したい場合は、厚生労働省が公開しているリスクアセスメント実施一覧表のひな形を活用することで、記録作業の負担を大幅に減らすことができます。まず一度、職場の対策状況をこのシートに書き起こすという行動をとるだけで、どの優先順位の対策が漏れているか一目でわかります。
残留リスクの周知を怠ると、作業者が「この作業は安全だ」と誤認したまま危険にさらされる状態が続きます。これは対策の空白期間であり、最も事故が起きやすいタイミングです。意外ですね。
参考:厚生労働省「職場のあんぜんサイト|リスク低減措置の優先順位」——リスク低減措置の法的根拠と優先順位の詳細が確認できる公式情報源
https://anzeninfo.mhlw.go.jp/risk/bill07_6_1.html
参考:厚生労働省「リスクアセスメント実施事例集(PDF)」——金属加工を含む製造業でのリスク低減措置の具体的な実施例と記録方法
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei14/dl/130425-0.pdf