肉盛り溶接のやり方と母材選びと仕上げの基本手順

肉盛り溶接のやり方を基礎から解説。溶接棒の選び方、下処理、積層手順、仕上げまで金属加工の現場で使える実践知識を網羅。あなたの現場ではどのステップが抜けていますか?

肉盛り溶接のやり方:基礎から仕上げまでの完全手順

下処理を丁寧にやるより、溶接棒の銘柄を間違える方が溶接部が3倍速く割れます。


🔧 この記事の3つのポイント
⚠️
溶接棒の選定ミスは致命的

母材の硬度・成分に合わない溶接棒を使うと、溶接後の割れや剥離が急速に進行します。銘柄選定が最初の関門です。

🛠️
下処理と予熱が品質を左右する

表面の油脂・錆・異物を除去し、適切な予熱温度を守ることで、ビードの密着性と強度が大きく変わります。

積層順序と仕上げで寿命が決まる

パス間温度の管理と正しいグラインダー仕上げを行うことで、肉盛り部の耐久性を最大限に引き出せます。


肉盛り溶接とは何か:基本概念と適用される場面

肉盛り溶接(にくもりようせつ)とは、摩耗・腐食・欠損などで失われた母材の体積を溶接金属で補充・回復させる技術です。新品部品への交換ではなく、既存部品を再生・延命させることを目的としています。


製造現場では、ブルドーザーのバケット爪やショベル刃先、金型のキャビティ面、クレーン用シャフト類など、摩耗が避けられない箇所に広く使われます。部品1点あたりの材料費・加工費が数十万円を超えるケースでは、肉盛り補修により交換コストを70〜80%削減できる場合があります。これは使えそうです。


適用場面は大きく3つに分かれます。①摩耗した部位の寸法回復、②耐摩耗・耐熱耐食性を付与するためのサーフェシング(表面肉盛り)、③欠損・割れ部分の形状補修です。それぞれ求められる溶接材料と手順が異なります。


肉盛り溶接が通常の溶接と決定的に違う点は、「溶接部に要求される特性が母材とは異なる」ことです。たとえば、母材がSS400(一般構造用圧延鋼材)であっても、表面には硬さHRC55〜60の高硬度層を形成したい場合があります。この場合、溶接棒は母材と全く異なる合金系のものを選ぶ必要があります。つまり母材に合わせるだけが正解ではありません。


肉盛り溶接の溶接棒・ワイヤの選び方:硬度と母材成分を基準に選定する

溶接材料の選定は、肉盛り溶接の品質を決定づける最重要ステップです。選定基準は主に「要求硬度」「母材成分」「使用環境(摩耗形態・温度・腐食)」の3軸で判断します。


要求硬度の目安としては、土砂・岩石による研削摩耗にはHRC55〜65相当、金属同士の滑り摩耗にはHRC40〜55程度、衝撃を伴う摩耗にはHRC30〜45かつ靭性重視の材料が選ばれます。硬さだけを追求すると靭性が落ち、衝撃で割れやすくなります。硬度と靭性のバランスが条件です。


代表的な溶接材料として、被覆アーク溶接棒ではDurweld(神戸製鋼)やHardfacing 600(日鉄溶接工業)シリーズ、MIG/MAG用フラックス入りワイヤではDW-H650(神戸製鋼)などが現場でよく使われます。それぞれメーカーの「肉盛り溶接棒選定ガイド」に硬度・用途対応表が掲載されているため、初回選定時は必ず参照してください。


母材がクロムモリブデン鋼(SCM材)や高マンガン鋼の場合は特に注意が必要です。高マンガン鋼に通常の高硬度溶接棒を使うと、熱影響部が脆化して割れが起きやすくなります。高マンガン鋼専用銘柄(例:神戸製鋼 KM-350など)を使うのが原則です。


また、稀なケースとして「下盛り用+表面仕上げ用」の2種類を使い分ける複層肉盛りも存在します。初層に靭性の高い軟質系溶接棒で応力緩衝層を形成し、最終層に高硬度系を積む方法です。この手法により、高硬度層の剥離リスクを大幅に低減できます。


肉盛り溶接の下処理のやり方:清浄化・開先加工・予熱の手順

下処理の出来栄えが、ビードの密着性と内部欠陥の有無を直接左右します。現場では「溶接の7割は準備で決まる」という言葉があるほど、下処理は重要です。


最初の工程は表面清浄化です。グラインダーまたはブラシで酸化皮膜・・旧溶接ビードの残滓を除去します。その後、アセトンまたは専用脱脂剤で油脂分を拭き取ります。油分が残った状態で溶接すると、ブローホール(気泡欠陥)が発生します。脱脂は必須です。


次に開先加工です。補修箇所が深い場合(目安:深さ5mm以上)は、グラインダーまたはエアアークガウジングで欠損部をU字形またはV字形に整形します。エアアークガウジング後は、必ずグラインダーで浸炭層(約0.5〜1mm程度)を除去することが重要です。除去しないと溶接部の硬化と割れの原因になります。


予熱は「省略できる工程ではない」と認識してください。母材の炭素当量(Ceq)が0.4%を超える場合、予熱なしの溶接は低温割れ(水素割れ)の発生リスクが著しく高まります。炭素当量0.4〜0.6%の鋼材では100〜200℃、0.6%超では200〜350℃の予熱が目安とされています(JIS Z 3313参考値)。


予熱方法はプロパンバーナーによるガス加熱が最も一般的で、電気式予熱マットや高周波誘導加熱装置も使われます。予熱温度の確認には表面温度計(接触式または放射温度計)を使い、溶接箇所から75mm以上離れた位置で測定するのが正確です。温度管理が条件です。


肉盛り溶接の積層手順とパス間温度管理:ビードを重ねるときの注意点

肉盛り溶接で最も現場作業者が失敗しやすいのが、積層時のパス間温度管理です。パス間温度とは、前のビード(パス)が冷えた後、次のパスを溶接する直前の温度を指します。


パス間温度の上限は、一般的に250〜300℃以下が基準とされています。これを超えた状態でどんどん積み重ねると、熱影響部の組織が粗大化し、硬度の低下や靭性の劣化が起きます。「熱いうちにどんどん溶接した方が速く終わる」という感覚は正しくありません。これが落とし穴ですね。


ビードの積み方には「ストリンガービード法」と「ウィービングビード法」があります。ストリンガーは溶接棒を横に振らず直線的に進める方法で、入熱が少なく熱影響を抑えられます。ウィービングは横方向に揺らして幅広いビードを形成しますが、入熱が増えるため高硬度材や割れ感受性の高い材料では原則として使用を控えます。


積層の方向と順番も重要です。平面に肉盛りする場合、隣り合うビードは先行ビードの幅の約1/3をオーバーラップさせながら並べます。多層盛りの場合は、前層のスラグをワイヤブラシまたはチッパーで完全に除去してから次層を積みます。スラグの巻き込みは内部欠陥(スラグ包含)に直結します。


溶接後の後熱(ポストヒート)も忘れてはなりません。厚肉材や拘束度の高い構造物では、溶接直後に150〜200℃で30〜60分程度の後熱を行うことで、溶接部に蓄積した拡散性水素を放出させ、低温割れを止できます。後熱はコストと時間がかかりますが、大型補修部品では省略すると後で割れによる再補修費用が数倍になります。


肉盛り溶接後の仕上げ加工と検査:グラインダー仕上げと硬度確認の方法

溶接が完了しても、仕上げと検査を正しく行わなければ補修品としての信頼性は担保できません。この工程を丁寧にやることで、補修部品の寿命が大きく変わります。


グラインダー仕上げでは、溶接ビードの余盛り(盛り上がった部分)を目的の寸法・形状に削り出します。ディスクグラインダーに番手#36〜#60のジルコニアアルミナ系砥石を使うのが一般的です。仕上げ面の粗さが粗すぎると、摩耗時に引っかかりが生じて想定より速く摩耗します。仕上げ精度が耐久性に直結します。


削り量の管理には、ノギスやマイクロメーターで定期的に寸法を確認しながら進めます。肉盛り溶接の場合、最終的な仕上げ代として0.5〜1.5mm程度の余裕を持って溶接しておくのが現場の標準的なやり方です。削りすぎると軟質の下地層が露出してしまいます。


硬度確認はリバウンド硬さ計(ポータブルハードネステスター)を使い、現場で非破壊的に行えます。代表的な機種にLeeb硬さ試験機(例:EQUOTIP 550)があり、HRC換算値をその場で表示できます。硬度が設計値の±5HRC以上外れている場合は、溶接材料または施工条件の見直しが必要です。


外観検査では、割れ・ピット(表面気孔)・アンダーカット(母材が掘れた凹み)・オーバーラップ(ビードが母材に融合せず乗り上がった状態)がないか目視で確認します。疑わしい箇所には浸透探傷試験(PT)を実施します。PTの薬品セットは1セット数千円から入手でき、表面開口欠陥を赤色染料で視認できます。見逃しがちですね。


補修後の記録として、使用溶接材料の銘柄・ロット番号・予熱温度・パス間温度・仕上げ硬度の数値を施工記録に残すことを推奨します。同一設備での次回補修時に条件の再現性が高まり、品質の安定につながります。記録が次の補修を助けます。


現場で見落とされがちな肉盛り溶接の失敗原因と対策:剥離・割れ・硬度不足を防ぐ

実際の現場で「肉盛り溶接をしたのに、思ったより早く剥がれた」「硬度が出なかった」という経験を持つ技術者は少なくありません。失敗の原因は多くの場合、施工工程ではなく「事前の情報不足」にあります。


最も多い失敗は「希釈率の読み違い」です。希釈率とは、溶接金属に母材が溶け込む割合を指します。初層(1パス目)では希釈率が30〜50%に達することがあり、高硬度溶接棒を使っても初層の実際の硬度は大幅に低くなります。これが原因で「2〜3層積んだのに硬度が出ない」というトラブルが起きます。希釈が基本的な落とし穴です。


この問題への対策として、表面の硬度を確実に確保したい場合は最低2〜3層以上積み重ねることが前提となります。1層だけの肉盛りで設計硬度を達成しようとするのは、高硬度材では現実的ではありません。


次に多いのが「旧溶接肉盛り上への再肉盛り」の失敗です。過去の肉盛り材の成分が不明なまま上から溶接すると、異種材混合による硬度の不安定化や割れが起きます。この場合はいったんグラインダーで旧肉盛り材を可能な限り除去し、母材成分を確認してから再施工するのが原則です。


熱変形も見落とされやすいリスクです。薄板(板厚6mm以下)や長尺物への肉盛り溶接では、溶接収縮による変形が起きやすくなります。対策として逆歪み法(あらかじめ反対方向に歪ませておく)や、分散配置溶接(左右交互に対称に溶接する)が有効です。変形を見越した段取りが条件です。


作業環境の管理も重要で、気温5℃以下での溶接作業は予熱温度の管理が特に難しくなります。冬季の屋外補修では、防風シートで溶接箇所を囲い、予熱温度の維持に注意を払う必要があります。気温が低いと冷却速度が速まり、低温割れのリスクが通常より高くなります。冬場は特に注意が必要です。


神戸製鋼所 溶接材料ハンドブック(肉盛り・補修溶接用材料の選定基準・硬度データが掲載されています)
https://www.kobelco-welding.jp/products/hardfacing/


JIS Z 3313(フラックス入りワイヤの規格)および溶接施工における予熱・パス間温度管理の根拠となる基準情報
https://www.jsa.or.jp/