マルテンス硬度とは何か:計測原理と金属加工での活用法

マルテンス硬度とは何か、ビッカース硬度との違いや計測原理をわかりやすく解説します。金属加工の現場で正しく使いこなすための知識を深めたい方は必見です。

マルテンス硬度とは:計測原理・単位・金属加工での使い方

ビッカース硬度の値を信頼して材料を選んでも、薄膜や表面改質層では数値が20%以上ズレて加工不良を起こすことがあります。


🔍 この記事の3ポイント要約
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マルテンス硬度は「押し込み深さ」で求める

荷重を加えながらリアルタイムで変位を計測するため、薄膜・コーティング層など従来の硬度計では計れなかった領域にも対応できます。

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ビッカース硬度とは原理が異なる

ビッカース硬度が「除荷後の圧痕面積」を使うのに対し、マルテンス硬度は「最大荷重時の接触面積」を使うため、弾性回復の影響を含んだ値になります。

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金属加工現場での選び方が重要

用途・材料・膜厚に応じて硬度試験方式を使い分けることで、加工条件の最適化や品質クレームの削減につながります。


マルテンス硬度とは何か:基本的な定義と概念

マルテンス硬度(Martens Hardness、略称:HM)とは、圧子を材料表面に押し込む際の「荷重」と「変位(押し込み深さ)」の関係から求める硬度の値です。つまり押し込み中のデータを使います。


従来のビッカース硬度やブリネル硬度では、圧子を取り除いた後に残った「圧痕の大きさ」を光学顕微鏡などで計測して硬度を算出します。これに対してマルテンス硬度は、荷重をかけながら同時に変位を計測し続けることが特徴です。計測中に値がわかるということですね。


国際規格では ISO 14577 に定義されており、日本工業規格(JIS)では JIS Z 2255「金属材料の超微小押込み硬さ試験」として規格化されています。計測単位は N/mm²(ニュートン毎平方ミリメートル)で表記されます。これはパスカル(Pa)と同次元であり、ヤング率などの弾性定数と同じ単位系で扱えるという利便性があります。


マルテンス硬度が注目されるようになった背景には、表面処理技術の高度化があります。DLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティングや窒化処理など、数マイクロメートル以下の薄膜を材料表面に施すケースが製造現場で急増したことで、薄膜自体の硬度を精密に評価するニーズが高まりました。薄膜評価には必須の手法です。



参考:JIS Z 2255(超微小押込み硬さ試験)の規格概要については日本規格協会(JSA)のサイトで確認できます。


日本規格協会(JSA)公式サイト


マルテンス硬度の計測原理:荷重−変位曲線から値を求める方法

マルテンス硬度の計測では、圧子を材料に押し込む「負荷過程」と、圧子を引き抜く「除荷過程」の両方を連続的に記録します。この記録をグラフにしたものが「荷重−変位曲線(P-h曲線)」です。


P-h曲線から読み取れる情報は硬度だけではありません。弾性仕事量・塑性仕事量・ヤング率(弾性率)・クリープ特性など、複数の材料特性を一度の試験で取得できます。これは使えそうです。


マルテンス硬度の計算式は以下のように表されます。


$$HM = \frac{F_{max}}{A_s(h_{max})}$$


ここで $F_{max}$ は最大荷重(N)、$A_s(h_{max})$ は最大押し込み深さ $h_{max}$ における圧子の表面接触面積(mm²)です。ビッカース圧子(四角錐形)を使う場合、$A_s = 26.43 \times h_{max}^2$ という関係が成立します。


この式のポイントは、面積を「除荷後の残留圧痕」ではなく「最大荷重時の理論的接触面積」から計算している点です。このため、弾性回復が大きいゴムや樹脂系材料では、ビッカース硬度との乖離が特に大きくなります。弾性の影響を含んだ値ということですね。


押し込み深さの計測には、ナノメートルオーダーの変位センサーが使われます。一般的な変位分解能は0.01 nm(ナノメートル)程度であり、髪の毛の直径(約70μm)の700万分の1という超微小レベルの変位を捉えることができます。


計測荷重の範囲も幅広く、数μN(マイクロニュートン)から数十N(ニュートン)まで対応できる装置もあります。数十N以上の荷重域では「マクロマルテンス硬度試験」として、従来の硬度試験と組み合わせて使われることもあります。



押し込み試験の原理と荷重−変位曲線の詳細については、産業技術総合研究所(AIST)の計量標準関連ページが参考になります。


産業技術総合研究所(AIST)公式サイト


マルテンス硬度とビッカース硬度の違い:金属加工従事者が知っておくべき数値のズレ

「硬度を測ったのにビッカースとマルテンスで数値が全然違う」という経験を持つ方は少なくありません。これは誤差ではなく、定義の違いから生じる正常な現象です。


最も大きな違いは「何を面積として計算するか」です。ビッカース硬度(HV)は除荷後の残留圧痕面積を使い、マルテンス硬度(HM)は最大荷重時の押し込み面積を使います。弾性回復が大きい材料では、除荷後に圧痕が大幅に小さくなるため、HVはHMよりも高い値を示します。




以下に代表的な材料での比較イメージを示します。


































材料 ビッカース硬度(HV)の傾向 マルテンス硬度(HM)の傾向 乖離の大きさ
軟鋼 HV 150 程度 HM 1,200 N/mm² 程度 小〜中
焼き入れ HV 700 程度 HM 5,500 N/mm² 程度
DLCコーティング HV 2,000〜3,500 HM 10,000〜20,000 N/mm²
アルミニウム合金 HV 80〜150 HM 700〜1,300 N/mm² 中〜大




HVとHMの間に単純な変換係数があるように思われがちですが、材料ごとに弾性回復率が異なるため、一律の換算式は存在しません。これが原則です。


金属加工の現場でDLCや窒化処理品の受け入れ検査をビッカース硬度だけで行っている場合、表面の薄膜硬度を実際よりも過大評価または過小評価してしまうリスクがあります。特に膜厚が1μm未満の薄膜では、ビッカース硬度の測定値に基材の影響が混入しやすく、膜単体の特性を正確に反映していないことがほとんどです。品質判定の基準を見直す必要があります。


マルテンス硬度の試験規格と装置:JIS・ISOでの位置づけと現場での選び方

マルテンス硬度試験は国際規格 ISO 14577(2002年制定、2015年改訂)で詳細に規定されており、日本ではこれを翻訳採用した JIS Z 2255 が基本規格です。規格は4部構成になっています。



  • 📄 Part 1:試験方法(試験条件・計算式・報告方法)

  • 📄 Part 2:機器の検証と校正

  • 📄 Part 3:硬さ基準片

  • 📄 Part 4:薄膜試験方法


試験機の選定では、計測したい押し込み深さの範囲が重要です。薄膜の硬度を評価する際の経験則として「膜厚の10分の1以内の押し込み深さ」に抑えることが推奨されており(10%ルール)、これを守ることで基材の影響を排除できます。




例えば膜厚が1μm(1,000nm)のDLCコーティングであれば、押し込み深さを100nm以内に制御できる装置が必要です。一般的なナノインデンターはこの条件を満たしますが、従来型の微小硬度計では制御が難しいことがあります。装置の仕様確認が条件です。


市場に出回っている主な試験機メーカーとしては、Anton Paar(オーストリア)、Bruker(米国)、Fischer(ドイツ)、Shimadzu(島津製作所、日本)などがあります。価格帯は基本的なナノインデンターで500万円〜、高機能機種では2,000万円を超えるものもあります。導入コストは高めです。


一方で、比較的低コストで表面硬度を簡易評価できる「超微小硬度計(Fischer PICODENTOR HM500 など)」は数百万円台から導入でき、金属加工メーカーの品質管理部門でも採用が増えています。測定値の再現性と試験速度のバランスが選定のカギになります。



島津製作所の動的超微小硬度試験機(DUH シリーズ)の仕様については以下で確認できます。超微小硬度計の計測原理と装置選定の参考になります。


島津製作所 公式サイト


金属加工現場でのマルテンス硬度の活用法:表面処理・薄膜評価・品質管理への応用

マルテンス硬度が金属加工の実務で特に威力を発揮するのは、表面処理後の品質評価と研究開発の両局面です。


表面硬化処理(窒化処理・浸炭焼き入れ・ショットピーニングなど)を施した材料では、硬度が表面から内部に向かって連続的に変化する「硬化層プロファイル」が形成されます。マルテンス硬度試験では押し込み深さを数十nmステップで制御できるため、断面研磨なしに深さ方向の硬度分布を取得できることがあります。これは手間を大幅に削減します。


DLCコーティングの評価においては、マルテンス硬度に加えて「弾性率(インデンテーション弾性率)」と「H/E比(硬度と弾性率の比)」も同時に取得するのが業界標準になっています。H/E比は膜の耐摩耗性や耐剥離性の指標として使われており、H/E ≥ 0.1 が実用膜の目安とされています。H/E比が条件です。




品質管理への応用としては、以下のような用途が現場で定着しています。



  • ⚙️ ロット間の膜質ばらつき検査:同一工程で処理した製品の硬度分布を統計管理し、工程異常を早期検出する

  • ⚙️ 摩耗試験前後の膜硬度変化追跡ピンオンディスク試験などと組み合わせて、摩耗機構を解析する

  • ⚙️ 熱処理条件の最適化:焼き入れ温度・時間・冷却速度を変えたサンプルのHMを比較し、最適条件を決定する

  • ⚙️ 異種材接合部の局所硬度評価:溶接部や拡散接合部では組成が不均一なため、μmオーダーの局所測定が有効




金属加工の現場で「表面処理後に工具寿命が想定より短い」「膜剥離が頻発する」といったトラブルが起きている場合、処理膜のH/E比とマルテンス硬度を取り直すことで、原因が膜硬度の不足なのか、弾性率のミスマッチなのかを切り分けることができます。トラブルの原因特定に注意すれば大丈夫です。


受託試験サービスを活用するという手段もあります。装置を自社購入しなくても、大学・公設試験機関・専門分析会社に試料を送れば数万円程度からマルテンス硬度の試験を依頼できます。まずは外注で試験データを取得し、社内での活用方法を検討するアプローチが、導入コストを抑えながら現場改善に役立てる現実的な方法です。



公設試験研究機関への相談窓口は、中小企業基盤整備機構(J-Net21)のポータルで地域別に検索できます。受託試験の依頼先探しに活用できます。


J-Net21(中小企業ビジネス支援サイト)