「軽微な逸脱を口頭だけで処理すると、次回査察で製造停止処分になるケースが実際にあります。」
GMP(Good Manufacturing Practice:適正製造規範)における「逸脱管理」とは、製造工程・試験・保管・出荷など、あらかじめ定められたすべての手順・基準・仕様から外れた事象を組織的に記録・調査・是正する仕組みのことです。つまり逸脱管理が品質保証の根幹です。
医薬品や食品製造でなじみ深い概念ですが、近年では医療機器部品や半導体関連部品、航空宇宙部品の製造を担う金属加工業者にも、GMP相当の品質マネジメントシステムへの準拠が顧客や規制当局から強く求められています。ISO 13485やAS9100D、IATF 16949などの規格はいずれも逸脱管理に相当するプロセスを要求しています。
具体的に「逸脱」に該当する事象を金属加工現場で挙げると、以下のようなものがあります。
「軽微だから口頭で済ませてよい」という判断は危険です。GMP体制では、軽微か重大かを問わず、すべての逸脱を記録に残すことが原則です。記録のない逸脱は「管理されていない」とみなされます。
逸脱は「計画外の出来事」と「基準からのズレ」の2種類に大別されます。前者は突発的な機械故障や停電、後者は測定値の管理基準外れが典型例です。どちらも発生したその日のうちに初期記録を起票することが、多くの品質管理規定で求められています。
参考:医薬品GMPにおける逸脱管理の基本的な考え方(厚生労働省 GMP事例集に基づく解説)
厚生労働省|医薬品・医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律
逸脱が発生したとき、最初に行うべき作業は「重大度の分類(リスク評価)」です。これが曖昧だと、軽微な逸脱に過剰な対応コストをかける一方で、重大な逸脱を見逃すという本末転倒な状況が生まれます。
一般的なGMP体制では、逸脱を次の3段階に分類します。
重大度評価は担当者が主観で決めるのではなく、あらかじめ作成したリスク評価マトリクス(影響度×発生頻度)を使って判定することが推奨されています。これが条件です。
金属加工現場での実例を挙げると、ある部品メーカーでは「寸法外れ品が検査をすり抜けて出荷された」という事象をマイナー扱いにしたところ、顧客の製造ライン停止を引き起こし、損害賠償請求に発展したケースがあります。逸脱の重大度評価を誤ると、後処理コストが一気に膨らみます。
重大度評価の精度を上げるためには、FMEA(故障モード影響解析)の結果を逸脱評価に連動させる方法が効果的です。あらかじめ「どの工程でどの種類の逸脱が起きたら何に影響するか」をFMEAで整理しておくことで、現場担当者でも迷わず分類できるようになります。これは使えそうです。
逸脱が発生したら、何よりも先に「5W1H」を即時記録することが基本です。いつ(When)・どこで(Where)・誰が(Who)・何を(What)・なぜ(Why)・どのように(How)発生したかを、記憶が新鮮なうちに逸脱報告書(Deviation Report)へ起票します。
多くの現場で起きがちな失敗は、原因究明と対策の記録を急ぎすぎて、「発生事実の記録」がおろそかになるパターンです。査察官が最初に確認するのは「何が起きたか」の記録です。対策の記録より発生事実の記録が先です。
逸脱報告書に記載すべき最低限の項目は以下の通りです。
記録媒体については、紙の帳票でも電子システム(eQMS)でも構いませんが、後から改ざんできない仕組みになっていることが重要です。電子記録の場合は、21 CFR Part 11(米国FDA規制)またはISO 11135などの電子記録・電子署名要件への対応が求められる場合があります。
文書化が完了したら、次に「隔離措置」を確実に実施します。逸脱が確認された製品・材料・中間品は、通常品と明確に区別できるよう「保留(HOLD)」または「不適合品(REJECT)」のラベルを貼付し、専用の隔離エリアへ移動させます。この物理的な隔離が、後工程への流出リスクを防ぐ最初の砦です。
参考:不適合品の管理と是正措置に関する実務解説(JIS Q 9001:2015対応)
日本産業標準調査会(JISC)|JIS規格検索
逸脱の記録と隔離が完了したら、次のステップは「根本原因分析(Root Cause Analysis:RCA)」です。表面的な原因ではなく、「なぜその逸脱が発生し得る状態になっていたのか」という構造的な要因を特定することが目的です。結論はRCAの深さが再発防止の精度を決めます。
代表的なRCA手法として「なぜなぜ分析(5 Whys)」があります。例えば「旋盤加工後の寸法が公差外れだった」という逸脱に対して5回「なぜ?」を繰り返すと、最終的に「作業者教育の手順書が最終改訂版に更新されていなかった」という管理システムの問題にたどり着くことがあります。現象だけ直しても再発します。
金属加工現場で多く見られる逸脱の根本原因としては、次のパターンが挙げられます。
根本原因を特定したら、「是正措置・予防措置(CAPA:Corrective Action and Preventive Action)」を策定・実施します。CAPAは単なる「今後気をつける」という宣言ではなく、担当者・期限・達成基準を明記した具体的なアクションプランである必要があります。
CAPAの有効性検証(Effectiveness Check)も忘れてはいけません。是正措置を実施してから一定期間(例:3ヶ月後)に、同種の逸脱が再発していないかを確認し、その結果を記録します。この検証がないCAPAは、GMP査察で「クローズ(完結)されていない」と判定されるリスクがあります。
CAPA管理を効率化するツールとして、eQMS(電子品質管理システム)の導入が有効です。Veeva Vault QMS、ETQ Reliance、TrackWise Digitalなどのシステムは、逸脱記録からRCA、CAPAの策定・進捗管理・有効性検証まで一元管理できます。中小規模の金属加工業者向けには、低コストで導入できるクラウド型の選択肢も増えています。
医薬品メーカーと異なり、金属加工業ではGMPの導入経緯が「顧客要求への対応」であることが多く、品質部門と製造現場の間に温度差が生じやすい構造があります。「規制当局の直接監視がないから形式的にやっておけばいい」という意識が残っている現場では、逸脱管理が機能不全を起こします。厳しいところですね。
現場定着を阻む最大の壁は「報告への心理的ハードル」です。逸脱を報告すると自分やチームが責められる、あるいは業務量が増えるという経験則から、軽微な逸脱が隠蔽・放置されやすくなります。あるサプライヤーの調査では、現場で発生した逸脱の約40%が正式に記録されていないという推計も存在します。
この問題を解決するためには、「逸脱報告=品質向上への貢献」という評価文化を組織として意識的に作ることが重要です。具体的には次の施策が効果的です。
また、逸脱管理体制の形式的な整備だけでは不十分で、年に1〜2回の内部査察(Internal Audit)を通じて、記録の質・CAPAの実施状況・現場の理解度を定期的に評価することが推奨されます。内部査察の結果は、外部査察への備えとしても直結します。
金属加工業特有の課題として「多品種少量生産環境での管理基準の設定難しさ」があります。製品ごとに工程条件が異なるため、共通の逸脱判定基準を作りにくい側面があります。この場合、製品ファミリーごとにリスクプロファイルを分類し、それぞれに応じた管理基準を設定するアプローチが現実的です。すべての製品に同一基準を当てはめることが逆にリスクになる場合もあります。意外ですね。
最終的に、逸脱管理の目的は「記録を作ること」ではなく「再発を防ぎ、品質を向上させること」です。この原点を現場全員が共有できている組織だけが、GMP体制を本当の意味で機能させることができます。逸脱管理の文化が組織の競争力になります。
参考:品質マネジメントシステムの内部監査に関する実務ガイド(ISO 19011:2018 対応)
日本規格協会(JSA)|ISO規格・JIS規格の検索・購入