JIS規格に基づいて剥離強度試験をしているのに、試験結果が契約書の要求値を満たしていても、後工程でクレームが発生した経験はありませんか?
「剥離強度試験」と一口に言っても、JIS規格は1つではありません。金属加工の現場では複数の規格が混在しており、適切な規格を選ばないと、試験データそのものが技術的に無効となるリスクがあります。
主に参照される規格としては、以下のものがあります。
金属加工の現場では特に「JIS K 6854」シリーズと「JIS H 8630」が頻出です。つまり用途で規格が分かれる、ということですね。
重要なのは「剥離角度」の選択です。90度剥離と180度剥離では、同じ試験片でも測定値が最大で約1.5〜2倍異なることが知られています。これは単に角度の違いではなく、力の分解方向が変わるためです。
たとえばアルミ基材に接着剤でステンレス薄板を貼り合わせた試験片を用いた場合、180度剥離では接着層に純粋な引張成分が大きくかかるのに対し、90度剥離では被着材の曲げ剛性の影響を受けます。これは測定値に直接影響します。
規格の選定ミスは1件のクレームで損失が数十万円規模になることもあります。選定の根拠を試験計画書に明記しておくことが、後々のトラブル回避につながります。
JIS K 6854-2(接着剤 — 剥離接着強さ試験方法 — 第2部:180度剥離)の規格概要 — 日本産業標準調査会(JISC)
試験規格を正しく選べたとしても、試験片の作製精度が低ければ、得られたデータは再現性に乏しいものになります。試験片の品質が結果を左右する、というのが原則です。
JIS K 6854-2の規定では、試験片の幅は25mm±0.5mmと定められています。これはA4用紙の短辺(210mm)の約1/8程度の幅です。この±0.5mmという許容差は一見余裕があるように見えますが、幅が1mm広がるだけで測定値(N/m換算)が約4%変動します。
試験片の長さについても規定があり、接着部の有効長さは150mm以上とされています。これはボールペン1本分(約14cm)よりわずかに長い寸法です。この長さが短いと、試験中に端部の剥離挙動が支配的になり、中央部の安定した剥離が評価できなくなります。
また、試験片の切り出し方向も重要です。圧延板や押出材を使用する場合、圧延方向と平行に切り出した試験片と垂直に切り出した試験片では、母材の引張強度に異方性があるため、剥離強度の測定値に差が生じることがあります。圧延方向の記録は必須です。
接着剤を使用した試験片の場合、養生時間の管理も見落とされがちです。エポキシ系接着剤では室温硬化でも24時間以上の養生が必要なものが多く、規定時間未満で試験を実施した場合、硬化不足で測定値が30〜40%低く出ることがあります。
| パラメータ | JIS K 6854-2の規定値 | 管理ポイント |
|---|---|---|
| 試験片幅 | 25mm ± 0.5mm | 幅1mm変動で測定値約4%変化 |
| 接着有効長さ | 150mm以上 | 短すぎると端部効果が支配的 |
| 引張速度 | 100mm/min(標準) | 速度変動±10%以内が推奨 |
| 試験温度 | 23±2℃(標準環境) | 温度が5℃上がると測定値が10〜15%変動することも |
試験機の引張速度設定は、剥離強度の測定値に直接影響する最重要パラメータの一つです。これは意外に思われるかもしれませんが、同じ試験片でも引張速度を変えると結果が変わります。
JIS K 6854-2では標準引張速度を100mm/minと定めていますが、これを200mm/minに設定した場合、エラストマー系接着剤では測定値が20〜30%高く出ることが知られています。逆に50mm/minでは低く出る傾向があります。これは粘弾性体の速度依存性によるものです。厳しいところですね。
一方、エポキシ系のような硬質接着剤では速度依存性が比較的小さく、±10%程度の変動に収まることが多いです。使用する接着剤・樹脂の系統によって、速度設定の影響度が異なることを把握しておく必要があります。
温度条件も同様に重要です。金属加工現場の試験室では、冬場に室温が15℃前後まで下がることがあります。JIS規定の標準試験温度は23±2℃ですが、これを逸脱した環境で試験を行うと、測定値の信頼性が著しく低下します。
具体的には、温度が23℃から10℃に下がった場合、熱可塑性エラストマー系の接着剤では剥離強度が1.5倍以上に上がることがあります。「良い結果が出た」と喜んでいたら、単に冬の寒い試験室で測定していただけだったというケースは現場では珍しくありません。
試験室の温湿度管理は記録として残すことが重要です。データの信頼性を客先に証明するには、試験環境の記録が欠かせません。温湿度ロガーを試験室に常設しておくと、月数千円の機器投資で試験記録の信頼性が大きく向上します。
金属めっきの密着性を評価する際に参照されるJIS H 8630は、「テープ試験」「曲げ試験」「ヒートショック試験」など複数の試験方法をまとめた規格です。結論はめっきの種類で試験法が変わる、ということです。
よくある現場の誤解として、「テープ試験でOKだったから密着性は問題ない」というものがあります。しかし、JIS H 8630のテープ試験は定性的な試験であり、剥離しなかったことを確認するだけで、定量的な密着強度(N/m²やN/mm²の値)を出すものではありません。
定量的な密着強度が必要な場合は、引張法(JIS H 8630の附属書や、ASTM D4541に準拠した方法)を使う必要があります。引張法では治具を使って基材から垂直にめっき層を引き剥がす力を測定し、MPa単位で密着強度を評価します。
電解めっき(例:ニッケルめっき)の場合、一般的な合格基準として20〜30MPa以上が要求されることが多いです。一方、溶射皮膜や化成処理皮膜ではより低い基準が設定されるケースもあります。
また、JIS H 8630のテープ試験で使用するテープの規格も重要です。規格では「JIS Z 1522に規定するセロハン粘着テープ」または「同等品」の使用を求めていますが、一般的な養生テープや布テープで代用している現場も見受けられます。テープの粘着力が異なれば評価結果も変わります。これは違反になる可能性があります。
JIS H 8630(電気めっき通則)の規格概要 — 日本産業標準調査会(JISC)
試験を正しく実施できても、記録と報告書の作成に問題があれば、客先からのクレームや再試験要求につながります。記録の精度が信頼性を決めます。
要点① 試験値の表記単位の統一
剥離強度の単位には「N/m」「N/mm」「kN/m」「N/25mm」など複数の表記が混在しています。JIS K 6854シリーズでは「N/m」または「N/mm」での表記を推奨していますが、現場では「N/25mm幅」で報告するケースも多いです。
換算式は以下の通りです。
この換算を誤ると、報告書の数値が約25〜40倍ズレることがあります。客先の要求値と単位を必ず事前に確認することが重要です。
要点② 有効測定区間の定義
剥離試験では試験開始直後と終了直前のデータは除外するのが一般的です。JIS K 6854では「剥離開始後25mm〜終了前25mm」を有効区間とする指針がありますが、この区間設定を省略して全データの平均値を報告している現場もあります。
端部のデータを含めると平均値が実際より10〜15%低くなることが多く、これが原因で合格品が不合格扱いになるケースもあります。これは使えそうです。
要点③ 試験片の破壊モードの記録
剥離強度の数値だけを記録し、破壊モードを記録していない現場が多いです。しかし破壊モード(界面破壊・凝集破壊・材料破壊)の違いは、品質改善の方向性を決める重要な情報です。
材料破壊が起きているなら問題ありません。逆に界面破壊が続く場合は、数値が合格範囲内であっても前処理工程の改善を検討すべきシグナルです。
試験報告書には「引張速度・試験温度・湿度・試験片作製日・試験実施日・試験片本数・最大値/最小値/平均値・破壊モードの比率」を最低限記載することを推奨します。客先への信頼性向上と、自社内での品質トレーサビリティの両方に役立ちます。
接着の技術(日本接着学会誌)— 剥離試験の評価方法や破壊モード分析に関する技術論文が掲載されており、実務的な参考情報として活用できます。