FTA解析を「大きなトラブルが起きてから使うもの」と思っていると、予防できる不良を見落として損失が年間数百万円に膨らむケースがあります。
FTA(Fault Tree Analysis:故障の木解析)は、ある「望ましくない事象(トップ事象)」を頂点に置き、そこに至る原因を木の枝のように分解していく手法です。1960年代にベル研究所が航空・軍事分野向けに開発したことが起源ですが、現在は自動車・半導体・金属加工など幅広い製造業の品質管理や安全管理に活用されています。
ポイントは「なぜそうなったか」を演繹的(上から下へ)に掘り下げる点です。QC七つ道具の特性要因図(魚の骨)が「思いつく限りの原因を列挙する帰納的アプローチ」であるのに対し、FTA解析は「トップ事象から論理的に原因を分岐させる演繹的アプローチ」という違いがあります。これが基本です。
金属加工の現場でFTA解析を使う際に最初に理解すべきなのが「論理ゲート」の概念です。論理ゲートは原因同士の関係性を示すもので、主に以下の2種類が使われます。
ANDゲートの下にある原因は「複数の条件が重なって初めて問題になる」ため、どれか1つを断ち切ればトップ事象を防げます。ORゲートの下にある原因は「どれか1つを断ち切っただけでは不十分」なため、すべての原因に対策が必要です。この違いを把握しておくことで、対策の優先順位を間違えなくなります。
故障木を描く際に使う主な記号は以下のとおりです。
| 記号名 | 形状のイメージ | 意味 |
|---|---|---|
| 頂上事象(トップ事象) | 長方形(二重枠) | 最終的に防ぎたい事象 |
| 中間事象 | 長方形 | トップ事象の直接原因となる事象 |
| 基本事象 | 円形 | これ以上分解しない末端の原因 |
| ANDゲート | 平たいアーチ型 | 全入力が成立したとき出力が発生 |
| ORゲート | 尖ったアーチ型 | いずれかの入力が成立したとき出力が発生 |
| 未展開事象 | ひし形 | 原因は存在するが今回は分析対象外 |
金属加工の現場では、専用ソフトを使わなくてもExcelや無料ツール(例:draw.io)を使って故障木を作成できます。まずは手書きでもかまいません。大切なのは「ツールの完成度」よりも「チームで原因を議論するプロセス」です。
金属加工の現場で最も頻繁に発生するトラブルのひとつが「切削不良(表面粗さ不合格)」です。ここでは、この事象をトップ事象に設定したFTA解析の具体例を紹介します。
【トップ事象】切削加工後の表面粗さがRa1.6μmの規格値を超えた
まずトップ事象を明確な数値・条件で定義するのが重要です。「表面粗さが悪い」という曖昧な定義のままでは、チームメンバーの認識がずれてしまいます。「Ra1.6μmを超えた」のように計測値と規格値をセットで記載するのが原則です。
トップ事象の直下を分解すると、大きく「工具側の原因」と「加工条件側の原因」にORゲートで分岐します。
中間事象Aの展開例(工具起因)
工具起因の問題は、さらにANDゲートで分解できます。「工具の摩耗が進んでいる」かつ「工具交換基準が明文化されていない」という2条件がそろったときに表面粗さ不良が発生しやすくなります。つまりANDゲートということですね。工具交換基準をルール化するだけで、このルートからの不良を断ち切れます。
中間事象Bの展開例(加工条件)
加工条件の問題はORゲートで3つに分岐します。切削速度・送り速度・切込み深さのいずれかが適正範囲を外れても表面粗さに影響します。
中間事象Cの展開例(ワーク・素材)
ワーク素材の問題には「硬度ばらつき」と「内部応力の残留」が挙げられます。S45C鋼材を例にすると、同一ロット内でもHRC硬度が±5以上ばらつくケースがあり、加工条件を固定したままだと仕上げ面の粗さに差が生じます。これは意外ですね。仕入れ時の受入検査に硬度測定を追加するだけで、このルートからの不良を大幅に減らせます。
このように、1つのトップ事象を展開するだけで「工具管理」「加工条件設定」「受入検査」という3つの改善ポイントが見えてきます。FTA解析はこのように改善テーマを可視化するツールとして非常に有効です。
もう1つの実例として、「エンドミルの折損」をトップ事象に設定したFTA解析を見てみましょう。工具折損は、金属加工の現場では生産ラインの停止・後工程への混入リスク・段取り替えコストなど多方面に影響します。1本のエンドミル折損でライン停止が30分続くと、稼働損失はラインによって異なりますが、時間あたりの加工賃に換算すると数万円規模になることも珍しくありません。
【トップ事象】エンドミルがワーク内で折損した
中間事象Dの展開(ANDゲート)
中間事象Eの展開(ORゲート)
FTA解析で定量評価を行う場合、各基本事象に「発生確率」を設定します。ANDゲートは各確率の積、ORゲートは「1−(各確率の補数の積)」で上位事象の確率を算出します。例えば、中間事象Dの2つの基本事象の発生確率がそれぞれ0.1(10%)だった場合、ANDゲートなのでトップ事象への寄与確率は0.1×0.1=0.01(1%)になります。ORゲートなら1−(0.9×0.9)=0.19(19%)です。定量評価が条件です。
この計算を使うと「どの基本事象を対策すれば最もトップ事象の発生確率を下げられるか」を数値で判断できるようになります。これは使えそうです。中小の金属加工工場でも、Excelで簡単な確率計算シートを作るだけで定量FTA解析に近いことが実践できます。
日本科学技術連盟によるFTA解析の解説(発生確率の定量評価方法を含む)
FTA解析を「難しそう」と感じて後回しにしている現場は少なくありません。しかし実際には、以下の5ステップで進めると初めての担当者でも構造的に作成できます。手順が明確なら問題ありません。
ステップ1:トップ事象を定義する
最初にトップ事象を「いつ・どの工程で・何が・どうなった」という形で定義します。「不良が出た」ではなく「〇〇工程の旋削加工で径寸法φ50.0mmに対してφ50.12mmの超過不良が発生した」のように具体的に書きます。これが曖昧だと、後続の分析全体がぼやけてしまうため、定義の精度が最重要です。
ステップ2:直接原因を洗い出す(第1レベル展開)
トップ事象の直接原因を「人(Man)・機械(Machine)・材料(Material)・方法(Method)」の4Mの観点から洗い出します。各原因がANDかORのどちらの関係にあるかを明示しながら、論理ゲートと結合します。4Mが基本です。
ステップ3:基本事象まで繰り返し展開する
各中間事象についても「なぜその中間事象が起きるのか」を繰り返し問い、それ以上分解できない「基本事象(現場で直接対策できる具体的な要因)」に到達するまで展開します。金属加工では、基本事象の目安として「作業者が具体的な行動で変えられるか、設備パラメータで制御できるか」を基準にすると迷いにくくなります。
ステップ4:カット集合(最小カットセット)を求める
カット集合とは「そのセットの事象をすべて防げば、トップ事象を防げる基本事象の組み合わせ」のことです。最小カットセットが「1つの基本事象だけで成立するもの(シングレット)」は、それだけでトップ事象を引き起こせる単独の弱点であり、最優先で対策が必要です。ANDゲートを含む経路は複数の原因が重なる必要があるため、相対的にリスクが低くなります。
ステップ5:対策立案と再発防止シートへの展開
カット集合の中から優先度の高いものを選び、具体的な対策(4Mの変更内容)、担当者、期限を明記した再発防止シートを作成します。対策実施後には同じFTA解析を再度確認し、カット集合が解消されているかを検証します。このPDCAが、FTA解析を「書いて終わり」で終わらせないために不可欠です。
経済産業省:品質管理ツール活用ガイドライン(FTAを含む各種解析手法の実践的な解説が掲載されています)
金属加工の現場では、品質トラブル発生時に「FTA解析」「FMEA(故障モード影響解析)」「なぜなぜ分析」の3手法が混在して使われることがあります。それぞれ目的が異なるため、使い分けを誤ると分析コストが無駄になります。手法の選択が条件です。
なぜなぜ分析との違い
なぜなぜ分析は「すでに発生した1件の不良」に対して原因を一本の線で掘り下げる手法です。シンプルで現場の誰でも使いやすい反面、複数の原因が絡み合う複合不良には対応しにくいという弱点があります。FTA解析は「複数の原因が関係する複雑な事象」に向いており、AND・ORゲートで原因の組み合わせを論理的に整理できます。シンプルな単発トラブルにはなぜなぜ分析、複合的な再発トラブルにはFTA解析、という棲み分けが実務では有効です。
FMEAとの違いと組み合わせ活用
FMEAは「設計・工程の中で起こりうるすべての故障モード」を事前にリストアップし、影響の大きさ・発生頻度・検出困難度をスコアリングして優先度を決める手法です。つまり帰納的(下から上へ)の手法です。FTA解析が演繹的(上から下へ)であるのと対照的です。
実際の金属加工工場での活用例として、「新工程の立ち上げ時にFMEAで潜在リスクを洗い出し、重要度の高い故障モードについてFTA解析で原因を深掘りする」という組み合わせが効果的です。これにより、FMEA単独では見落としやすい「複合原因による故障」を事前に把握できます。
また、現場の管理職から「FTA解析は時間がかかりすぎる」という声もよく聞かれます。解決策として、トップ事象の範囲を「1つの工程・1つの設備・1種類の不良」に絞り込み、1回の会議(60〜90分)で完成させるミニFTAという進め方があります。全工場を対象にした完璧なFTA解析を目指すよりも、重点工程に絞った小規模FTAを繰り返す方が、現場の改善スピードと定着率が高いという実務上の知見が報告されています。これは意外ですね。
日本規格協会グループ:FMEAとFTAの違いと組み合わせ活用のガイド(金属・機械系製造業向けの具体例が掲載されています)
FTA解析を作成しても「報告書の棚に眠るだけ」で終わる職場が多いのが現実です。定着しないと意味がありません。ここでは、解析結果を実際の改善活動に結びつけるための実践的なポイントをまとめます。
カット集合を優先度マトリクスに落とし込む
抽出した最小カットセットを、横軸「対策の容易さ(低コスト・短期間で実施できるか)」、縦軸「トップ事象への影響度(発生確率への寄与)」の2軸マトリクスに配置します。右上に位置する「影響が大きく・対策しやすい」基本事象から優先的に対策します。マトリクスへの落とし込みが基本です。このマトリクスを会議で共有するだけで、部門間の対策優先順位の合意形成がスムーズになります。
デジタルツールの活用で更新の手間を減らす
FTA解析を紙やPDFで管理すると、生産条件の変更や設備更新のたびに更新が面倒になりがちです。draw.io(無料)やLucidchart、あるいはExcelのSmartArt機能を使うと、構造変更が容易になります。FTA解析のファイルをQR化して現場の作業指示書に貼り付け、スマートフォンでいつでも参照できるようにしている工場も増えています。これは使えそうです。
FTA解析を教育ツールとして活用する
完成したFTA解析を新人・多能工化研修に使うことで、「この工程でなぜこの手順が必要か」という理由を論理的に説明できます。「ルールだからやる」ではなく「この基本事象を防ぐためにこの手順がある」という理解が進むため、ヒューマンエラー起因の基本事象に対する現場の意識が変わります。教育効果が高いのもFTA解析の強みです。
実際にFTA解析を定着させた金属加工工場の事例では、解析開始から6か月で「同一不良の再発件数が前年比で40%減少した」というデータが出ているケースもあります(業界誌「機械設計」の事例報告より)。数字がある改善実績は、社内での活動継続の説得材料にもなります。数字が条件です。
FTA解析のソフトウェアについては、製造業向けの品質管理システムを提供するベンダーが無料トライアル版を提供していることが多いため、まず1工程分の解析を試してから本格導入を検討するのが賢明です。確認する行動1つで、自社に合うツールかどうかを見極められます。