エリクセン試験JISで知る薄板成形性の評価と活用法

エリクセン試験とJIS規格の関係を正しく理解していますか?金属加工に携わる方が見落としがちな試験条件や数値の読み方、現場での活用ポイントをわかりやすく解説します。

エリクセン試験とJIS規格の基礎から現場活用まで

エリクセン試験のJIS値が高ければ、プレス成形でも必ず割れないと思っていませんか?


この記事のポイント
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エリクセン試験とJIS規格の基本

JIS Z 2247に定められた試験方法と、押込み深さ(エリクセン値)が意味することを解説します。

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試験条件と数値の正しい読み方

試験機の設定やブランク径、潤滑条件など、数値に影響する要素を正確に理解することが現場品質につながります。

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現場での活用と限界

エリクセン値だけで成形性を判断すると見落としが生じる場面があります。他の試験・指標との組み合わせ方も紹介します。


エリクセン試験とJIS Z 2247の概要:金属加工従事者が最初に押さえるべき基本

エリクセン試験(Erichsen test)は、薄い金属板の張り出し成形性を評価するための試験方法です。もともとはドイツの技術者Alfred Erichsenが考案したもので、現在は国際的に広く使われています。日本ではJIS Z 2247(金属材料のエリクセン試験方法)として規格化されており、自動車部品・家電筐体・建材など、プレス加工を行う多くの分野で材料選定の基準として活用されています。


試験の原理はシンプルです。固定したダイス(型)とブランクホルダーの間に金属板を挟み込み、直径20mmの半球状パンチを一定速度で押し込みます。そして板材に亀裂が生じた瞬間のパンチ押込み深さ(mm)をエリクセン値(IE値)として記録します。この値が大きいほど、その材料が伸びやすく張り出し成形に適していると評価されます。


JIS Z 2247では試験片の寸法、パンチ・ダイスの形状と寸法、ブランクホルダー力、潤滑方法、試験速度などが詳細に規定されています。規格の中では試験方式として「方式A」と「方式B」が定められており、一般的なエリクセン試験は方式Aに相当します。方式Bはより大きなパンチを使う変形試験です。


つまり、JIS Z 2247が基本です。


現場での注意点として、エリクセン値は板厚の影響を大きく受けます。同じ材質でも板厚が違えばエリクセン値は変わるため、異なる板厚の材料を単純に比較することはできません。板厚0.5mmと1.0mmのSPCC材では、エリクセン値が2mm以上変わるケースも珍しくありません。数値を見る際は板厚を必ずセットで確認する必要があります。


JIS Z 2247「金属材料のエリクセン試験方法」詳細 - 日本産業標準調査会(JISC)公式サイト


エリクセン試験のJIS規格における試験条件と測定値への影響:数値が変わる理由を理解する

エリクセン値は「材料の固有の数値」と思われがちですが、実際には試験条件次第で変化します。これは現場でよく起きる誤解です。


JIS Z 2247で規定されている主要な試験条件を確認しましょう。


































項目 規定値(方式A) 逸脱した場合の影響
パンチ直径 20 mm(球頭) 値が大きく変動する
ダイス内径 27 mm 拘束条件が変わり値がズレる
ブランクホルダー力 10 kN(規定範囲内) 材料の引き込みが変化し値に誤差が出る
潤滑 規定の潤滑剤を使用 摩擦係数が変わりエリクセン値が変わる
試験速度 5~20 mm/min 速すぎると熱や動的効果が加わる


潤滑条件の影響は特に見落とされやすい点です。同じSUS304材(板厚1.0mm)でも、潤滑剤の種類を変えるだけでエリクセン値が1mm前後変化したという報告例があります。これはパンチと板材間の摩擦係数が変わり、変形モードが微妙にシフトするためです。


厳しいところですね。


また、試験片の採取方向(圧延方向に対する角度)も見逃せません。冷延鋼板のように圧延による異方性がある材料では、圧延方向0°と90°でエリクセン値に差が出ることがあります。JIS Z 2247では試験片の採取方向について規定があるため、これを無視すると再現性のある比較ができなくなります。


現場での対策として、試験前に必ず試験機の校正状態とブランクホルダー力の設定を確認することが重要です。定期的なロードセル校正と潤滑剤の管理が、データの信頼性を保つ条件です。


エリクセン値の目安と材料別の数値比較:現場で使える参照データ

エリクセン値の具体的な数値感覚を持っておくと、材料選定や受入検査での判断がスムーズになります。これは使えそうです。


板厚1.0mmを基準とした一般的な材料別エリクセン値の目安は以下の通りです。







































材料 エリクセン値の目安(板厚1.0mm) 用途例
SPCC(冷延鋼板) 8.5〜10 mm程度 家電筐体・一般プレス部品
SPCD(絞り用冷延鋼板) 10〜11 mm程度 深絞り部品・自動車部品
SPCE(深絞り用冷延鋼板) 11〜12 mm程度 複雑形状の深絞り部品
SUS304(ステンレス 10〜12 mm程度 厨房機器・建材
A1050(純アルミ) 8〜10 mm程度 軽量部品・包材
C2600(黄銅) 10〜12 mm程度 電子部品・コネクタ


数値は試験機メーカーや試験室ごとに若干差が出るため、絶対的な基準値として使うのではなく、自社内での相対比較や材料ロット管理に活用するのが実践的な使い方です。


エリクセン値が9mmというのはどのくらいの量感でしょうか。ちょうど一般的な消しゴムの幅(約1cm弱)ほどの深さまで金属板が破断せずに伸びる、というイメージです。プレス加工の現場では「この材料は9mmまで耐えられる」という直感的な理解が品質判断に役立ちます。


材料メーカーのミルシート(材料証明書)にはエリクセン値が記載されているケースがありますが、試験条件の詳細が省略されていることもあります。受入検査でエリクセン試験を独自に実施する場合は、ミルシートと自社試験の条件が一致しているかどうかを確認することが品質トレーサビリティの確保につながります。


新日鉄住金(日本製鉄)冷延薄鋼板の製品情報ページ - エリクセン値などの機械的性質の参考データが掲載されている


エリクセン試験だけでは判断できない成形性の落とし穴:現場技術者が陥りがちなリスク

ここが最も重要なポイントです。エリクセン試験が評価しているのは、あくまでも張り出し変形(パンチで板を引き伸ばすタイプの変形)に対する成形性だけです。


プレス加工には大きく分けて「張り出し成形」と「深絞り成形」の2種類があります。エリクセン試験は張り出し成形に対応した試験であり、深絞り成形での割れやすさを直接評価するものではありません。深絞り性の評価には別途「限界絞り比(LDR)」や「Swift試験」が使われます。


これは意外ですね。


現場でよくある失敗パターンとして、エリクセン値が高い材料を選んだにもかかわらず、深絞り工程でフランジ部から割れが発生するケースがあります。張り出し性が高くても、深絞りに必要なr値(ランクフォード値・塑性異方性指数)が低ければ割れはげません。SPCC(r値:約1.0〜1.4)とSPCE(r値:約1.7以上)ではr値に大きな差があり、深絞り成形での挙動はエリクセン値だけでは予測できません。


また、スプリングバック(成形後の弾性回復)や表面肌荒れ(オレンジピール)もエリクセン試験では評価できない現象です。高強度鋼板(ハイテン材)はエリクセン値が通常鋼板より低くなる傾向がありますが、スプリングバックによる寸法精度の問題も別途考慮が必要です。


成形性評価の指標を目的ごとに整理すると。


  • 張り出し成形性 → エリクセン試験(JIS Z 2247)

  • 深絞り成形性 → Swift試験・限界絞り比(LDR)

  • 塑性異方性 → ランクフォード値(r値)測定

  • 成形限界全般 → 成形限界線図(FLD)


複数の評価手法を組み合わせるのが原則です。単一の試験値で材料を決定するリスクを認識しておくことが、現場クレームや手直しコストの削減につながります。


塑性と加工(日本塑性加工学会誌)- 成形性評価に関する査読済み研究論文が掲載されており、エリクセン試験と他の成形性指標の相関についての学術的知見が得られる


エリクセン試験のJIS規格対応と現場運用のポイント:試験精度を上げる具体的な管理方法

知識として知っていても、実際の現場運用で精度が落ちてしまっては意味がありません。エリクセン試験の信頼性を高めるための実践的な管理ポイントを整理します。


試験機の校正と点検


JIS Z 2247に準拠した試験を行うためには、試験機の定期校正が不可欠です。特にパンチ先端の球頭形状は摩耗しやすく、規定の半径(10mm)から外れると値が小さく出る傾向があります。パンチの摩耗確認は、精密な球面ゲージやプロファイル測定器で定期的に実施するのが望ましいです。校正記録は品質記録として保管しておくと、顧客監査や社内トレーサビリティ対応に役立ちます。


試験室の温湿度管理


金属材料の機械的性質は温度の影響を受けます。JIS Z 2247では試験温度として23±5℃が基本とされています。これを超える高温環境(夏場の工場内など)で試験を実施すると、軟化による値の過大評価が起きる場合があります。温度管理が条件です。


亀裂判定の標準化


エリクセン値の記録タイミングは「材料に最初の貫通亀裂が生じた瞬間」です。しかし現場では目視または聴音(亀裂発生時の「パキッ」という音)で判定するケースも多く、判定者によるバラつきが生じやすいです。近年では亀裂検知センサー(AEセンサー・荷重急変検知)を内蔵した試験機も普及しており、判定の客観化に有効です。人の感覚に頼る部分が減るほど、データの再現性は上がります。


試験結果の記録フォーマット


社内の試験記録には、エリクセン値(mm)のほか、板厚・材料ロット番号・試験温度・潤滑剤種類・試験機ID・試験者名・試験日時を必ず記録する運用が理想です。これらの情報がそろっていれば、後から値のバラつき原因を追跡できます。後追いの調査コストを大幅に減らせます。


社内基準値の設定


材料メーカーが提示するエリクセン値の参考値はあくまで参考です。自社の試験機・試験室・試験者で継続的にデータを蓄積し、「自社基準値」を設定することが現場での品質管理に直結します。例えば「板厚1.0mmのSPCCは自社試験で8.8mm以上を合格とする」といった形で基準を文書化することで、受入検査の一貫性が保たれます。


島津製作所 材料試験機製品ページ - エリクセン試験機を含む各種材料試験機の仕様・校正サービス・導入事例が掲載されている


このように、エリクセン試験の数値をただ記録するだけでなく、試験環境・試験機・判定方法・記録管理をセットで整備することが、現場での試験精度と品質保証レベルを高める確実な方法です。JIS Z 2247への適合は「試験機を持っている」だけでは不十分で、運用プロセス全体が規格の精神に沿っていることが求められます。これだけ覚えておけばOKです。