エレクトロスラグ溶接を選んだつもりが、熱影響で母材の靭性が40%以上低下していたケースがあります。
エレクトロガス溶接(EGW:Electrogas Welding)は、立向き姿勢で下から上へと連続的に溶接する自動溶接プロセスです。熱源はアーク放電であり、消耗ノズルまたは非消耗ノズルから送給されるワイヤーとベースメタルの間に発生するアークで母材を溶融します。
溶融池の両面には水冷された銅製の当て金(摺動銅当て金)を密着させており、溶融金属が流れ落ちないように保持しながら一発で溶接を完了させます。シールドガスにはCO₂ガスまたはCO₂とArの混合ガスを使用するのが一般的です。つまり大気遮断はガスが担うということですね。
対応板厚はおおむね9mm〜50mm程度が標準的な適用範囲とされており、造船・橋梁・タンク製造といった厚板構造物の縦継手溶接に広く使われています。1パスで溶接できるため、多パス溶接と比べてスパッタの層間清掃工数がゼロになり、作業時間を大幅に短縮できます。
溶接速度は板厚によって異なりますが、標準的な25mm板で毎分約100〜150mmというスピードで進行します。これはTIG溶接の立向き多層盛りと比較すると5〜10倍以上の生産性に相当します。これは使えそうです。
ただし入熱量が非常に大きいため(板厚25mmで100〜200kJ/cmオーダー)、熱影響部(HAZ)の結晶粗大化と靭性低下は避けられない課題です。JIS Z 3118やAWS D1.1では、大入熱溶接に対する靭性確認試験(シャルピー衝撃試験)を要求しているケースが多く、設計段階での考慮が必要です。
エレクトロスラグ溶接(ESW:Electroslag Welding)は、名前に「エレクトロ」とついているものの、定常状態ではアーク放電を使いません。これが最大の誤解ポイントです。
溶接が開始した直後だけアーク放電が生じますが、フラックスが溶融してスラグプールが形成されると、アークは消えて「溶融スラグの電気抵抗熱」が主たる熱源になります。通電した電流がスラグの抵抗によってジュール熱に変換され、そのジュール熱でワイヤーと母材を溶融し続けるという仕組みです。スラグが熱源というのが原則です。
この特性により、エレクトロガス溶接では対応が難しい板厚50mm超〜500mm超の極厚材でも、1パスで完全溶け込み溶接が可能になります。大型の圧力容器、高炉の外皮、大型鍛造プレスのフレームなど、重工業・プラント分野で採用されることが多い工法です。
溶接速度はエレクトロガス溶接より遅く、板厚100mm材でも毎分20〜40mmほどになることがあります。ただし1パス完了という前提で考えると、多パスTIG溶接や被覆アーク溶接と比較してトータルの作業時間は格段に短縮されます。
入熱量はエレクトロガス溶接をさらに上回り、数百〜数千kJ/cmのオーダーに達するケースもあります。そのため、熱影響部の粗大粒化と靭性低下はより深刻であり、溶接後熱処理(PWHT)を適用することで靭性を回復させる対策が取られます。靭性確保が条件です。
一般社団法人 溶接学会 – エレクトロスラグ溶接の技術解説(溶接技術情報)
上記リンクは、エレクトロスラグ溶接の熱源メカニズム・スラグプール形成の詳細について参照できる溶接学会の技術情報です。
両工法の違いを整理すると、現場での工法選定ミスを減らすことができます。以下の比較表で主要な5項目を確認してください。
| 比較項目 | エレクトロガス溶接(EGW) | エレクトロスラグ溶接(ESW) |
|---|---|---|
| 主な熱源 | アーク放電 | 溶融スラグの抵抗熱(定常時はアークなし) |
| シールド方法 | シールドガス(CO₂またはAr+CO₂混合) | 溶融スラグによる自己シールド(フラックス使用) |
| 主な適用板厚 | 9〜50mm程度 | 50mm〜500mm超 |
| 標準的な入熱量 | 100〜200 kJ/cm(板厚25mm時) | 数百〜数千 kJ/cm(板厚100mm超時) |
| 主な用途 | 造船・橋梁・タンクの縦継手 | 圧力容器・高炉外皮・大型機械フレーム |
シールド方法の違いも重要です。エレクトロガス溶接はガスボンベが必要ですが、エレクトロスラグ溶接はフラックスが溶融してスラグになることで自己シールドが完成するため、別途シールドガスを用意する必要がありません。現場のガス管理コストが変わるということですね。
なお、エレクトロスラグ溶接では一度溶接を中断するとスラグプールが固化し、再スタートに大きな手間がかかります。長さ数メートルに及ぶ縦継手を途中で止めずに一気に完了させることが施工計画上の大前提です。計画が条件です。
これに対し、エレクトロガス溶接は比較的再スタートが容易なため、施工上の自由度はエレクトロガス溶接の方が高いと言えます。
大入熱溶接の最大のリスクは、熱影響部(HAZ)における靭性の著しい低下です。これは両工法に共通した課題です。
母材が1400℃超まで加熱されるHAZ粗粒域では、オーステナイト粒が粗大化し、冷却後に脆い上部ベイナイト組織が形成されやすくなります。この組織変化により、シャルピー衝撃吸収エネルギーが母材の40〜60%以下に低下したという報告があり、寒冷地の構造物や低温環境下の圧力容器では特に問題になります。厳しいところですね。
エレクトロスラグ溶接では入熱量がさらに大きいため、このリスクはエレクトロガス溶接より深刻です。対策として、溶接後熱処理(PWHT:Post Weld Heat Treatment)を900〜950℃で実施し、正規化(ノーマライジング)処理によって粗大粒を微細化することが有効です。この工程を省くと、靭性不足で溶接部が脆性破壊するリスクが高まります。
一方で、近年開発されているTMCP鋼(熱加工制御鋼)や高靭性鋼材の採用によって、大入熱溶接後でも靭性を確保できる材料が増えています。新日鉄住金(現・日本製鉄)が開発した「大入熱溶接用高靭性鋼」は、入熱量200kJ/cmを超えるEGW施工後でも0℃シャルピー値が47J以上を維持することが確認されており、橋梁・タンク分野で採用実績があります。TMCP鋼の選択が有効です。
溶接施工管理の面では、JIS Z 3318(エレクトロガスアーク溶接)やJIS Z 3191(エレクトロスラグ溶接)に基づく溶接施工要領書(WPS)の作成と、溶接技能者の資格確認が法令・規格上求められています。特に建築基準法に基づく建築鉄骨溶接では、国土交通大臣認定工場(グレード制)の認定要件に大入熱溶接の評価試験が含まれるため、工法変更時は認定範囲の確認が必須です。
日本鋼構造協会(JSSC)– 鉄骨溶接の技術基準・品質管理に関する資料
上記リンクはJSSCによる鉄骨溶接の品質管理・規格適合に関する技術情報で、エレクトロガス溶接・エレクトロスラグ溶接の認定試験要件を確認するうえで参考になります。
工法の選定基準として「板厚」だけに注目するケースが多いですが、実際の現場では「切り替えコスト」が選定判断に大きく影響します。意外ですね。
エレクトロガス溶接設備からエレクトロスラグ溶接設備への切り替えには、専用の溶接ヘッド・フラックス供給装置・摺動当て金の形状変更が伴い、設備投資だけで数百万円単位になるケースがあります。一方で、同一設備をEGW仕様からESW仕様に近い形で運用しようとすると、品質保証上の問題が生じることもあります。
現場での現実的な判断ポイントは次の3点です。
見落とされがちなのが「フラックス管理」のコストです。エレクトロスラグ溶接用フラックスは吸湿しやすいため、JIS Z 3352に基づいて150〜300℃で1〜2時間の乾燥管理が必要です。乾燥炉の電気代と管理工数が日常的に発生することを施工コスト計算に含めていない会社が少なくありません。
また、エレクトロガス溶接で使うCO₂シールドガスのコストは、業界標準のボンベ価格で1本(47Lボンベ)あたり2,000〜3,500円程度です。長い縦継手を多数こなす造船所や大型タンク製造工場では、月間ガス使用量が数十万円単位になることもあり、ガス管理・コスト最適化の観点からもESWへの切り替えを検討する動機になっています。
工法選定は「溶接品質」と「施工コスト・リードタイム」の両軸で判断するのが実務上の正解です。結論は総合コストで判断することです。
一般社団法人 日本溶接協会(JWES)– 溶接技術情報・規格一覧
上記リンクは日本溶接協会の技術情報ページです。EGW・ESWに関連するJIS規格の確認や、溶接技能者資格の種別を調べるうえで役立ちます。