「弾性域内で加工すれば寸法は必ず元に戻る」と思っていると、加工不良品が毎月数十万円分も出続ける現場になります。
金属に力を加えると、その内部では原子レベルの変位が起きています。外力を取り除いたときに元の形状に完全に戻る現象を「弾性変形」と呼びます。一方、ある一定の力を超えると原子の配列が滑り、外力を取り除いても変形が残ります。これが「塑性変形」です。
「弾塑性変形」とは、この2つが同時に、または段階的に起きる現象のことを指します。実際の金属加工では、純粋に塑性変形だけ、あるいは弾性変形だけが起きることは少なく、両者が混在する「弾塑性変形」の状態が現場では標準です。
つまり弾塑性変形が基本です。
現場での具体例を挙げると、プレスブレーキで鋼板を90度に曲げる場面を想像してください。型に押し当てている最中は、材料の外側は引張応力による塑性変形、内側は圧縮による塑性変形が起きています。しかし材料の中央付近は弾性域にとどまっており、型から外した瞬間にその部分が「元に戻ろう」とすることで角度が変化します。これがスプリングバックの正体です。
弾性変形は「バネ」のような挙動です。フックの法則が成立し、応力とひずみが比例関係にあります。塑性変形は「粘土」に近い挙動と考えると直感的に理解しやすいでしょう。
応力−ひずみ線図(S-Sカーブ)は、弾塑性変形を理解するうえで最も重要なツールです。横軸にひずみ(変形量の割合)、縦軸に応力(単位面積あたりの力)を取ったグラフで、材料がどのような変形挙動を示すかを一目で把握できます。
グラフの最初は直線部分が続きます。これが弾性域であり、傾きがヤング率(縦弾性係数)です。軟鋼であれば約206GPa、アルミニウム合金であれば約70GPaが目安です。ここを超えた点が「降伏点」または「耐力」と呼ばれ、塑性変形が始まる境界です。
降伏点が条件です。
軟鋼(SS400など)は上降伏点と下降伏点が明確に現れる「明瞭降伏型」です。これに対してアルミニウム合金やステンレス鋼(SUS304など)は降伏点が明確にならず、「0.2%耐力」を塑性変形開始の基準として用います。0.2%耐力とは、ひずみが0.2%だけ残るときの応力値を指します。
🔍 降伏点を超えた後に材料が受けられる最大応力が「引張強さ(極限強さ)」です。この点を超えると材料にくびれが生じ、局所的な変形が進んで破断に至ります。
| 材料 | ヤング率(GPa) | 降伏応力の目安(MPa) | 降伏の特徴 |
|---|---|---|---|
| 軟鋼(SS400) | 約206 | 245〜 | 明瞭降伏型(上・下降伏点あり) |
| ステンレス(SUS304) | 約193 | 205〜(0.2%耐力) | 連続降伏型 |
| アルミ合金(A5052) | 約70 | 90〜(0.2%耐力) | 連続降伏型 |
| 銅(C1020) | 約117 | 70〜 | 連続降伏型 |
この線図を読める人と読めない人では、曲げ加工の角度補正やプレス荷重設定の精度に大きな差が出ます。これは使えそうです。
スプリングバックは「弾性回復量」のことです。塑性変形後も材料内部に蓄積された弾性ひずみが、荷重除去とともに解放されることで起きます。
現場でよく言われるのが「もう少し強く押せばスプリングバックが減る」という感覚的な対応です。確かに加工荷重を上げれば塑性変形量は増えますが、弾性域が完全になくなるわけではありません。スプリングバックはゼロにはなりません。
スプリングバックの量は材料の降伏応力とヤング率の比(σy/E)に比例します。つまりヤング率が低く、降伏応力が高い材料ほどスプリングバックが大きくなります。高張力鋼(ハイテン材)のスプリングバックが厄介なのはこのためです。980MPa級のハイテン材では、軟鋼の約2〜3倍のスプリングバックが発生することもあります。
厳しいところですね。
現場での主な対策としては以下の3つが挙げられます。
FEM(有限要素法)解析ソフトを活用すれば、試作前にスプリングバック量をシミュレーションすることも可能です。「JSTAMP」や「AutoForm」といったプレス成形解析ソフトは中小規模の金属加工業でも導入事例が増えており、金型修正コストの削減に役立っています。
加工硬化は、塑性変形を繰り返すたびに材料が硬くなっていく現象です。転位(原子の格子欠陥)が増殖・絡み合い、新たな転位の移動が妨げられることで降伏応力が上昇します。
加工硬化が起きるということは、「最初の加工時と同じ力では次の変形が起きにくくなる」ということです。プレスや引き抜き加工を重ねるごとに材料は硬くなり、同じ荷重では変形しなくなります。加工硬化が条件を変えます。
具体的には、純アルミ(A1050)を冷間引き抜きで断面積を30%絞った場合、引張強さが約80MPaから約130MPa以上に上昇することがあります。この変化を無視したまま後工程でプレス成形を行うと、割れが生じるリスクが高まります。
逆に、この性質を意図的に利用する加工もあります。コインプレスや歯車の転造では、加工硬化によって表面硬度を高め、耐摩耗性を向上させます。加工硬化は敵にも味方にもなります。
加工硬化した材料を再び軟らかくするには「焼なまし(アニール)処理」が必要です。一般に700〜900℃に加熱してゆっくり冷却することで転位が減少し、材料は軟化します。ただし加熱コストと時間がかかるため、どのタイミングで中間焼なましを挟むかの工程設計が重要になります。
弾塑性変形の知識を現場に落とし込むためには、「材料を選ぶ段階」「加工条件を設定する段階」「品質を確認する段階」それぞれで考え方を変える必要があります。
材料選定の段階では、降伏応力とヤング率のバランスを確認することが最初のステップです。スプリングバックが問題になる曲げ加工では、同じ引張強さでも降伏比(降伏応力/引張強さ)が低い材料のほうが成形しやすい場合があります。高張力鋼を使う場合は、降伏比0.8以下の材料を選ぶと加工性が安定しやすいとされています。
加工条件の設定では、試し曲げで実測スプリングバック量を記録し、それをもとに金型補正値を決定する「フィードバック型の段取り」が現場力を高めます。感覚に頼った補正は担当者が変わると品質がばらつく原因になります。数字で管理するのが原則です。
品質確認の段階では、加工後の硬度測定が有効です。ロックウェル硬度計やビッカース硬度計で加工前後の硬度を比較することで、加工硬化の程度を定量的に把握できます。硬度が上がりすぎている場合は焼なましの要否を検討します。
また、FEM解析の活用については前述しましたが、解析ソフトを持っていない場合でも、材料メーカーの技術資料や日本鉄鋼連盟・日本アルミニウム協会が公開している加工特性データを参照することで、材料ごとの弾塑性挙動の傾向を把握できます。
上記リンクでは、鋼材の機械的性質や成形性に関する技術情報を参照できます。スプリングバック対策や材料選定の根拠として活用できます。
上記リンクでは、アルミニウム合金の種類別の機械的性質、延性、成形性に関するデータが掲載されています。弾塑性変形の観点でアルミ材を選定する際の参考として有用です。
結論は「数字と線図で変形を管理する」です。
感覚や経験則だけに依存する現場では、材料ロットが変わるたびに不良が出るリスクを抱え続けます。弾塑性変形の基礎を理解し、応力−ひずみ線図を読む習慣をつけることが、加工精度の安定と材料ロスの削減への最短ルートです。それが現場の利益を守ることに直結します。