ワイパーチップを高切込みで使えば、むしろビビリが倍増することがあります。
旋盤やマシニングセンタで仕上げ加工をしていると、「ビビリ」と呼ばれる振動が発生して、工具が跳ねるような音とともに加工面に縞模様や波打ちが生じることがあります。この現象は製品の面粗さを悪化させるだけでなく、工具寿命を急激に縮め、最悪の場合はチップ欠損や工作機械のスピンドル損傷につながります。
ワイパーチップとは、通常のチップに比べてノーズR(刃先の丸み)の後方に「ワイパー刃」と呼ばれる平坦な刃先形状を追加したスローアウェイチップです。通常チップがノーズRのみで仕上げ面を形成するのに対して、ワイパーチップはそのフラット部分が加工面を「なでる」ように平滑化します。これが基本です。
通常チップで理論面粗さRa 1.6μmを達成しようとすると送りを極端に落とす必要がありますが、ワイパーチップであれば送りを2倍以上に増やしても同等かそれ以上の面粗さが得られます。つまり生産性と品質を同時に上げられるということですね。
ただし、ワイパーチップは万能ではありません。フラット部分が被削材と接触する面積が大きい分、切削抵抗の水平成分(背分力)が増加します。工作機械や工具系の剛性が不足している状態でワイパーチップを導入すると、この背分力の増加がビビリを誘発します。これは意外なポイントです。
実際、切込み量が0.3mmを超えた条件でワイパーチップに交換した現場では、Ra値が改善されるどころか面粗さが悪化し、加工音が著しく大きくなる事例が報告されています。ワイパーチップの真価を引き出すには、切込み量は0.1〜0.2mm程度の軽切削が基本条件です。深切込みは禁物ということですね。
ワイパーチップを選ぶ際に多くの現場担当者が迷うのが、材種選定とノーズR(コーナーR)の選択です。ここを誤ると、ワイパーの恩恵を受けるどころか工具コストが増大するだけになります。
材種の選定では、まず被削材の種類を起点にします。炭素鋼・合金鋼の仕上げ加工にはコーティングサーメット系(例:三菱マテリアルのNX2525、住友電工のT1200A)が適しており、安定した仕上げ面を得やすいとされています。ステンレス(SUS304など)に対しては、耐溶着性に優れたPVDコーティングのサーメット系チップが推奨されます。アルミ合金加工には研磨仕上げの超硬Kグレードや多結晶ダイヤモンド(PCD)ワイパーが高い効果を発揮します。材種選びが条件です。
ノーズRについては、小さいほど(例:R0.4)背分力が小さくなるためビビリが出にくくなりますが、その分フラット部も短くなり面粗さ改善効果が低下します。一方でR0.8以上になると面粗さ効果は高まりますが、背分力が増してビビリリスクが上がります。剛性に不安がある機械では、まずR0.4で試すのが原則です。
チップのブレーカー形状も重要な選定要素です。仕上げ専用のシャロー(浅い)ブレーカーは切りくずの流れをスムーズにしてビビリを抑えます。逆に中仕上げ用のブレーカーを仕上げ工程でそのまま使うと、チップへの衝撃が増加してビビリが発生しやすくなります。これは使えそうです。
各チップメーカーのカタログには推奨切削条件(ap:切込み量、f:送り、Vc:切削速度)が記載されており、ワイパーチップ専用の条件表が設けられています。この条件表の範囲内に必ず収めることが、ビビリを出さない第一歩です。カタログ条件を守るだけで、現場でのトラブルの約60〜70%は防げると言われています。
三菱マテリアル:旋削用ワイパーインサートの製品情報と推奨切削条件(旋削ワイパーチップの材種・形状・適用被削材ごとの条件設定に参考になります)
ワイパーチップを導入しても「なぜかビビリが止まらない」という現場では、切削条件の設定に問題があるケースがほとんどです。ここは数字で管理することが大切です。
切削速度(Vc)はビビリに大きく影響します。炭素鋼(S45C相当)の仕上げ旋削でワイパーチップを使う場合、一般的な推奨切削速度は200〜300 m/minですが、この範囲を外れた150 m/min前後の中速域では「構成刃先」と呼ばれる被削材の凝着現象が起きやすく、これがビビリの引き金になります。速度は推奨範囲の中央値から試すのが基本です。
送り(f)はワイパーチップの最大のメリットを活かす鍵です。通常チップのf=0.05〜0.1 mm/revに対し、ワイパーチップではf=0.2〜0.4 mm/revまで増やして同等以上の面粗さが得られます。ただしワイパー刃の接触長さを超えた送りに設定すると、加工面に段差痕が残ります。各チップのカタログに記載されている「最大有効送り」を超えないことが条件です。
切込み量(ap)は前述の通り0.1〜0.2mmが基本ですが、工作機械の剛性が確保されている場合(重切削対応の大型旋盤など)は0.3mmまで許容されるケースがあります。剛性に自信のある機械なら問題ありません。
実際の現場では、まず切削速度を固定してから送りと切込みを小さい値から段階的に上げていく「二軸調整法」が、最短でビビリを解消する手順として有効です。同時に複数の条件を変えてしまうと原因の特定が難しくなります。変えるのは一度に一つ、これが原則です。
また、加工プログラムの面でも注意が必要です。NC旋盤のコーナー部の送り減速設定(コーナーオーバーライド)が自動的に送りを落とす設定になっていると、ワイパーチップ推奨の送り条件が維持できず、コーナー部だけビビリが発生するという現象が起きます。制御パラメータの確認も忘れずに行ってください。
ワイパーチップの最適化だけではビビリが完全に収まらない場合、問題の根本は工具系や段取りの剛性不足にあります。これが意外と見落とされがちです。
最も効果が大きい対策のひとつが「防振ボーリングバー(制振バー)」の活用です。通常のボーリングバーは突き出し長さがバー径の4倍(L/D=4)を超えると振動しやすくなりますが、内部に制振機構(ダンパー)を持つ防振バーはL/D=10以上でも安定した加工が可能です。例えばサンドビックの「Silent Tools」シリーズは、旋削・ボーリング双方に対応した防振ホルダーラインナップが充実しており、深穴内径加工でのビビリを劇的に低減した事例が多数報告されています。防振バーは必須です。
チャッキング(ワーク固定)の見直しも重要です。爪の接触面積が小さい、または爪の摩耗が進んでいる場合、被削材がわずかに動くことでビビリが発生します。爪の形状をソフトジョー(生爪)に変更して接触面積を最大化することで、ビビリの発生が著しく改善された現場もあります。爪の状態を確認してください。
工具突き出し量についても、旋削バイトでは突き出しを可能な限り短くすることがビビリ抑制の基本です。突き出しが1mm長くなるだけで、理論上のたわみ量は突き出しの3乗に比例して増大します(例:20mm→10mmに半減させると剛性は8倍になる計算)。長さ20mmはボールペン一本分くらいのイメージです。これだけで大きく変わります。
切削油(クーラント)の種類と供給方法もビビリに関係します。切削油の潤滑性が低いと被削材とチップの摩擦が増大し、ビビリを助長することがあります。仕上げ加工には極圧添加剤入りの水溶性切削液または不水溶性切削油を適切に供給することで、切削抵抗を低減しビビリが収まる場合があります。油種の見直しも選択肢に入れておくと良いでしょう。
サンドビック コロマント:振動低減の方法(防振ツールの選定方法と突き出し長さ・L/D比によるビビリ対策の考え方が詳しく解説されています)
ベテランの現場担当者でも意外と見落とすのが、加工を始める前の機械とワークの状態確認です。ここを省略すると、どれだけ高性能なワイパーチップを使っても効果が半減します。
工作機械のスピンドルベアリングの摩耗やガタは、微細な振動を常時発生させます。この振動が切削中の励振源となり、ビビリを誘発します。スピンドルの振れを確認する方法として、ダイヤルゲージをスピンドルテーパー部に当てて回転させ、振れ量が3μm以上であればメンテナンスの必要があります。3μmというのは髪の毛の太さ(約70μm)の約1/23という極めて小さい数値ですが、加工面粗さへの影響は無視できません。意外ですね。
工作機械の水準(レベリング)がずれている場合も、ビビリの原因になります。機械設置時からレベルブロックが調整されていないと、長年の使用で微妙な歪みが生じ、スライドの動きが滑らかでなくなります。これが送り方向の微小な引っかかりを生んで、加工中の振動につながります。定期的な水準確認が条件です。
ワーク側のチェックも欠かせません。特に薄肉部品や長細い軸物ワークは、切削力を受けると自重と切削力で撓みやすく、固有振動数が加工中の励振周波数と一致した瞬間に共振してビビリが爆発的に増幅します。こうしたワークには振れ止め(ステディレスト)を使用するか、加工順序を再検討して最後に薄肉部分を加工するよう段取りを組むことが有効です。
最後に、刃先の摩耗状態も忘れずに確認してください。ワイパーチップは通常チップと比べてフラット部の摩耗が進むと急激に面粗さが悪化します。逃げ面摩耗幅(VB)が0.1mmを超えた段階でチップを交換するのが、ビビリと面粗さ悪化を同時に防ぐ目安です。摩耗管理が基本です。
海上技術安全研究所(旧・船舶技術研究所):切削加工における振動の基礎(再生型ビビリ振動の発生メカニズムと固有振動数・減衰比の概念が技術的に解説されています)