顎関節症は、歯科疾患の中でむし歯、歯周病に次ぐ「第三の歯科疾患」と呼ばれるほど一般的な症状です。顎関節症は顎の関節や筋肉に問題が生じ、様々な不快症状を引き起こす疾患です。日常生活で当たり前に行っている口の開閉や咀嚼といった基本的な機能に支障をきたすため、早期発見と適切な治療が重要となります。
顎関節症の症状は多岐にわたり、患者さんによって症状の現れ方も異なります。口を開けると顎関節に痛みや違和感がある、大きく口を開けられない、朝起きると顎が強張って口が開きにくいなどの症状が代表的です。また、頭痛や首・肩のこり、耳の痛みなど、一見すると顎関節とは無関係に思える症状も伴うことがあります。
顎関節症の診断は、症状や所見に基づいて行われます。日本顎関節学会による診断基準では、顎関節症は以下のように分類されています。
顎運動時や機能運動時、非機能運動時に筋肉に起因する疼痛障害が生じるタイプです。
顎関節自体に痛みが生じるタイプです。
a:復位を伴う関節円板転位(開口時にクリック音が生じることが多い)
b:復位を伴わない関節円板転位(口が開きにくくなる症状が特徴的)
顎関節の骨に退行性の変化が生じるタイプです。
上記のⅠ~Ⅳ型に該当しないものです。
診断には問診や視診、触診などの基本的な検査に加え、必要に応じてレントゲン検査やMRI検査などの画像診断が行われます。特に関節円板の位置異常や変形を確認するためにはMRI検査が有効です。
顎関節症の発症には様々な要因が関与しています。主な原因としては以下のようなものが挙げられます。
多くの場合、これらの要因が複合的に作用して顎関節症を引き起こします。特に現代社会では、デスクワークの増加によるスマートフォンやパソコンの長時間使用、ストレス社会による無意識の歯のくいしばりなどが増加しており、顎関節症患者も増加傾向にあります。
顎関節症と歯科矯正治療の関係については、様々な見解があります。矯正歯科治療を行う際に、患者さんが顎関節症を有している場合の対応は慎重に行う必要があります。
矯正歯科治療を開始する前に、顎関節症が疑われる場合には事前に鑑別診断を行い、病態に配慮した治療計画を立てることが重要です。これにより、治療期間中の顎関節症状の発現や増悪を予防し、症状が発現した際には適切に対処することが可能となります。
特に関節円板障害や変形性顎関節症は矯正歯科臨床で遭遇する機会が多いため、これらの病態に注意を払う必要があります。顎関節の形態変化を伴う病態は、顎顔面形態に重大な影響を及ぼし、不正咬合の発症や進行に関与する可能性があるためです。
矯正歯科治療をすぐに開始することにリスクを伴う顎関節病態を事前に鑑別し、場合によっては治療開始を遅らせる判断も必要です。また、治療開始にあたっては、十分なインフォームドコンセントと慎重な治療計画、治療中の顎関節病態の把握と治療後の継続的な経過観察が必要となります。
顎関節症の治療は、症状や原因に応じて様々なアプローチが行われます。基本的な治療方針としては以下のようなものがあります。
多くの場合、まずは保存的治療から開始し、症状の改善が見られない場合に段階的に侵襲的な治療へと移行していきます。特にスプリント療法は、顎関節症の治療において広く用いられている方法で、夜間の歯ぎしりやくいしばりによる顎関節への負担を軽減する効果があります。
また、顎関節症は自己制限的な疾患であるともいわれており、適応能力の改善などによって時間の経過とともに症状を自覚しなくなることもあります。しかし、慢性化すると治療が難しくなる場合もあるため、早期の適切な対応が重要です。
顎関節症は単に顎の問題だけでなく、全身の様々な症状と関連していることが近年の研究で明らかになってきています。これは顎関節症の「随伴症状」と呼ばれるものです。
顎関節症患者の多くが、頭痛(特に片頭痛)、首や肩のこり、耳鳴り、めまい、難聴、舌の痛み、手足のしびれ、自律神経失調症状などの全身症状を訴えることがあります。これらの症状は、顎関節症の直接的な影響というよりも、顎関節症と同じ原因(ストレスや姿勢の問題など)によって引き起こされている場合や、顎関節症による筋緊張の変化が全身に波及している場合などが考えられます。
特に興味深いのは、適切な歯科治療によってこれらの全身症状が改善するケースが報告されていることです。例えば、顎関節症の治療により肩こりや腰痛、片頭痛などが軽減したという例は少なくありません。これは、顎の位置や咬合状態が全身のバランスに影響を与えていることを示唆しています。
また、顎関節症と睡眠障害との関連も注目されています。歯ぎしりやくいしばりは睡眠中に無意識に行われることが多く、これが睡眠の質を低下させ、日中の疲労感や集中力低下につながることがあります。さらに、顎関節症による痛みが睡眠を妨げ、慢性的な睡眠不足を引き起こすこともあります。
このように、顎関節症は単なる局所的な問題ではなく、全身の健康状態と密接に関連している可能性があります。そのため、顎関節症の治療においては、歯科的なアプローチだけでなく、生活習慣の改善や心理的なサポートなど、総合的なアプローチが重要となります。
顎関節症の治療に関しては、歯科医師だけでなく、整形外科医、理学療法士、心理士などの多職種連携による包括的なアプローチが効果的であるとされています。特に慢性化した症状や複雑な症例では、このような多角的な治療が必要となることが多いです。
矯正歯科治療と顎関節症の関連についての詳細な研究論文
顎関節症は、適切な診断と治療によって多くの場合改善が期待できる疾患です。しかし、症状が慢性化すると治療が難しくなることもあるため、早期発見・早期治療が重要です。顎関節に違和感や痛みを感じたら、専門の歯科医師に相談することをお勧めします。
顎関節症の予防としては、正しい姿勢の維持、バランスの良い食事、適度な運動、ストレス管理などが効果的です。特に、歯ぎしりやくいしばりの習慣がある方は、マウスピースの使用や意識的な習慣の改善が重要となります。
また、定期的な歯科検診も顎関節症の早期発見につながります。歯科医師は口腔内の状態だけでなく、顎関節の状態も確認することができるため、異常の早期発見に役立ちます。
顎関節症は複雑な病態であり、その診断と治療には専門的な知識と経験が必要です。顎関節症の症状でお悩みの方は、顎関節症の治療に精通した歯科医師に相談することをお勧めします。適切な治療により、多くの患者さんが症状の改善を実感しています。