オートチューニングを使うと、手を動かすたびに最適値がズレて不良品が増えます。
金属加工の現場で温度制御や圧力制御を担う機器の多くに、PID制御が組み込まれています。PIDとは、比例(Proportional)・積分(Integral)・微分(Derivative)の頭文字を取った制御方式で、目標値と現在値のズレ(偏差)を自動的に補正するための仕組みです。パラメータ調整とは、この3つの動作の「強さ」を数値で設定する作業のことです。
まずP(比例)動作は、現在の偏差に比例した出力を出します。温度調節計では、比例ゲイン(KP)の逆数として「比例帯(PB)」が設定されることが多く、単位は℃または%です。たとえば比例帯を30℃に設定すると、目標温度から30℃ズレたときに最大出力が出る計算になります。比例帯を小さくするほど(ゲインを大きくするほど)応答が俊敏になりますが、振動しやすくなります。
次にI(積分)動作は、偏差の「積み重ね」を補正する役割を持ちます。比例動作だけではオフセット(定常偏差)が必ず残りますが、積分動作がこれをゼロに近づけます。積分時間(TI)を短くするとオフセットの解消が速くなる一方、応答が振動的になる危険があります。積分時間が長すぎると、目標値に到達するまでに時間がかかります。
そしてD(微分)動作は、偏差の変化速度に反応して出力を出します。サスペンションのダンパーに例えられることがあり、振動を素早く抑制する効果があります。微分時間(TD)を長くしすぎると短周期の振動が発生するため注意が必要です。微分動作はオフセットの除去はできず、あくまで「振動のブレーキ」です。
これが基本です。P→I→Dの順で役割を把握しておくことが、実践的な調整の出発点になります。
理化工業株式会社によるPID制御の仕組みの詳細解説(数式・シミュレーター付き)。
PID制御の仕組み|理化工業株式会社
現場での手動調整の代表格がステップ応答法です。オートチューニングが思い通りの結果を出せない場合や、プロセス上の制約で自動調整を実施できない場面で特に力を発揮します。
手順の最初は、PID制御ループをマニュアル状態(自動制御を停止した状態)にすることです。この状態で調節弁(またはヒーター出力など)をステップ状に一定量変化させ、そのときの測定値(温度・圧力など)の変化を記録します。この記録がステップ応答データです。
記録したデータ上で、測定値の変化率が最大になる点に接線を引きます。この接線が「測定開始時の値」「変化後の最終値」それぞれに対応する水平線と交わる2点から、等価むだ時間(L)と等価時定数(T)を読み取ります。Lは信号が遅れて伝わる時間、Tはプロセスが応答するまでの時定数に相当します。
ここがポイントです。このL/T(むだ時間÷時定数)の比率が0.5以下であれば、一組のPIDパラメータで比較的良好な制御が得られるとされています。0.5を超えるようなプロセスは制御が難しく、パラメータの設定に工夫が必要になります。
読み取ったL・T・プロセスゲイン(Kp)をジーグラー・ニコルス(Ziegler-Nichols)の最適調整式に代入することで、比例帯・積分時間・微分時間の初期値を計算できます。あくまで初期値なので、実際の応答を確認しながら微調整することが前提です。意外ですね。数式で出た値をそのまま使うのではなく、現場の応答確認が不可欠なのです。
エムジー社の計装豆知識によるステップ応答法の詳細解説。
PID制御のパラメータ調整 ーステップ応答法|エムジー
数式での算出値が得られたとしても、実際の調整は現場での応答確認と微調整が必要です。手動でのチューニングを行う場合、P(比例帯)→I(積分時間)→D(微分時間)の順に進めるのが原則です。
比例帯(PB)の調整から始めます。最初は大きめの値(たとえば400%)から出発し、徐々に小さくしていきます。そのたびに目標値をステップ状に変更して応答を観察し、測定値に振動が現れたらそこで比例帯を止めます。振動が出始める直前の値が、比例帯の第一候補です。
次に積分時間(TI)の調整に移ります。こちらは大きな値(積分動作が弱い状態)から始めて、徐々に小さくしていきます。測定値がゆっくりと振動し始めたところで止め、少し大きい値に戻します。積分時間が短すぎると、測定値が目標値を行ったり来たりするハンチングが起きやすくなります。
最後に微分時間(TD)の調整です。ゼロから少しずつ大きくしていき、短周期の振動が現れたら止めて少し小さい値に戻します。D動作はノイズを増幅しやすい性質があるため、過剰に大きくしないことが条件です。
以上の3段階が終わったら、もう一度比例帯を微調整して完了です。オーバーシュートを抑えたい場合は比例帯をやや大きめに、応答速度を優先する場合はやや小さめに設定します。この「どちらを優先するか」は、金属加工の工程によって異なります。熱処理工程のように温度の行きすぎが品質に直結する場合は、オーバーシュート抑制が最優先です。
エムジー社の計装豆知識による限界感度法とその応用の詳細。
PID制御のパラメータ調整 ー限界感度法とその応用|エムジー
現場でPIDパラメータを触ったあとに起きやすいのが、ハンチングとオーバーシュートです。これらは別の現象であり、原因も対策も異なります。整理しておきましょう。
ハンチングとは、測定値が目標値(設定値)を中心に上下に繰り返し振動する状態です。主な原因は「積分時間が短すぎる」「比例帯が小さすぎる(比例ゲインが高すぎる)」のいずれかです。比例帯を大きくするか、積分時間を長くすることで改善します。金属加工の温度炉でハンチングが起きていると、ワークの温度履歴が安定せず、熱処理品質のばらつきに直結します。
オーバーシュートは、目標値に向かって急激に上昇した測定値が、目標値を大きく超えてしまう現象です。「比例帯が小さすぎる」「微分時間が短すぎる(または微分動作なし)」が主な原因です。比例帯を大きめに設定するか、微分時間(D動作)を追加・強化することで抑制できます。
痛いですね。オーバーシュートが±10℃以上になると、焼入れや焼鈍し工程では加工品の金属組織が想定外の変化を起こす可能性があります。
もう一点、見落とされがちな問題があります。それが「経年変化によるパラメータのズレ」です。炉体の断熱材や熱電対(センサー)の劣化、ヒーターの劣化によって、設置時に最適だったPIDパラメータが数ヶ月後には最適でなくなることがあります。多くの現場では暖機運転後に再度オートチューニングを実施してパラメータを取り直す対応が取られています。これは必須の習慣です。
なお、オートチューニング機能の実行タイミングにも注意が必要です。炉が冷えた状態と通常運転温度域では、プロセス特性が異なるため、オートチューニング結果も変わります。通常の制御温度に近い状態でオートチューニングを実施することが、正確なパラメータ取得の条件です。
よくある誤解があります。「一度PIDパラメータを調整すれば、ずっとそのまま使える」という思い込みです。これは金属加工の現場では通用しません。
PIDパラメータは「今のプロセス特性に対して最適な値」です。プロセス特性が変われば、最適値も変わります。では、金属加工の現場でプロセス特性が変わる場面とはどんな場合か。具体的には次のような状況です:ワーク(被加工物)の材料変更・サイズ変更、炉内への投入量の増減、ヒーター交換、センサー(熱電対)の交換や取り付け位置の変更、季節による外気温の大幅な変化、などです。
これらが条件です。これらのいずれかが発生したにもかかわらず古いパラメータを使い続けると、制御性能が低下します。実際、多品種少量生産で頻繁に品種切り替えを行う工場では、切り替えのたびに簡易的なステップ応答確認を行うことが品質維持の標準手順となっているケースもあります。
また、強い非線形性(ノンリニア特性)を持つプロセスや、処理量や生産量が大きく変動するプロセスでは、一組のPIDパラメータで制御範囲のすべてを最適にカバーすることができません。こうした場合には、温度帯ごと・生産量帯ごとに複数のパラメータセットを事前に準備しておき、運転条件に応じて自動的に切り替える「ゲインスケジューリング」と呼ばれる手法が有効です。
これは使えそうです。ゲインスケジューリングに対応した温度調節計(例:横河電機のUTシリーズ、オムロンのE5シリーズなど)では、複数のPIDパラメータセットを登録し、外部信号や温度帯に応じて切り替える機能が搭載されています。現場の設備選定時に、この機能の有無を確認することをおすすめします。
つまり、PIDパラメータ調整は「一度やれば終わり」ではなく、プロセスの変化に合わせて継続的に管理する技術です。この視点を持っているかどうかが、現場での品質安定に大きく影響します。
オムロンによる温度調節器のPIDパラメータ(P・I・D)調整方法のFAQ。